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四天王寺聖徳太子1400年限定御朱印大バナー2022年10月※佐伎治神社ではいただけません

さきちじんじゃ

佐伎治神社

福井県 若狭高浜駅

投稿する
0770-72-0041

※お問い合わせの際は「ホトカミを見た」と
お伝えいただければ幸いです。

御朱印について
御朱印
あり
限定
-
御朱印帳
-
パーキング
駐車場
あり

鳥居前に数台停めれます。

おすすめの投稿

眞田
2021年05月24日(月)
250投稿

高浜町で家族で昼食の場所を探していたら偶然、近くに発見しました('ω')

景行(けいこう)天皇の侍臣であった磐鹿六雁命(いわかむつかりのみこと)が若狭國造を授けられた時にすでに当社が鎮座していたと伝えられている為、景行天皇の年代が紀元前13年~紀元後130年ですから、創建は1800年以上との事らしいです。
御祭神は素盞嗚尊・稲田姫命・大己貴命です。

現在はコロナウイルスの影響により御朱印はいただけません。
今回は少し駆け足だったので大岩・摂社広峯神社参拝出来ませんでした💦
改めてゆっくり参拝をさせていただきますm(_ _)m

佐伎治神社の鳥居

社標です。

佐伎治神社の手水

お手水。龍・亀です('ω')

佐伎治神社の鳥居

一の鳥居です。

佐伎治神社の建物その他

絵馬殿

佐伎治神社の建物その他

社務所。

佐伎治神社の建物その他

古井戸でしょうか('ω')

佐伎治神社の鳥居

境内広場から

佐伎治神社の鳥居

二の鳥居

佐伎治神社の狛犬

狛犬(´ー`)

佐伎治神社の狛犬

たくさん狛犬が鎮座しています(´ー`)

佐伎治神社の像

神馬像

佐伎治神社の狛犬佐伎治神社(福井県)佐伎治神社の本殿

拝殿外観です。

佐伎治神社(福井県)佐伎治神社の建物その他

扁額です。

佐伎治神社の狛犬

狛犬(´ー`)

佐伎治神社の像

撫で牛。お願い事したくさん撫でました。

佐伎治神社の末社

摂社 日吉神社

佐伎治神社の建物その他

御船舎です

佐伎治神社の建物その他佐伎治神社(福井県)

和鐘(雨乞鐘)

佐伎治神社の建物その他佐伎治神社の末社

摂社 御霊神社

佐伎治神社(福井県)佐伎治神社の自然

樫の木です。
境内の力の集まるところは大木になると聞きました('ω')

佐伎治神社(福井県)

摂社 稲荷神社

佐伎治神社の建物その他

現在は御朱印中止です。

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歴史

延喜式神名帳(えんぎしきじんみょうちょう)記載の神社。中古の時代に社記等が消失したため定かではないが、景行(けいこう)天皇の侍臣であった磐鹿六雁命(いわかむつかりのみこと)が若狭國造を授けられた時にすでに当社が鎮座していたと伝えられている。今より千八百年以前の創建と推定される。 当社はもともと現在地から一・五キロメートル東北の薗部(そのべ)の森に祀られていたが、八穴(やな)山(現在の城山)に奉遷(ほうせん)され、 さらに戦国時代に辺見駿河守昌経(へんみするがのかみまさつね)が砕導山城(さいちやまじょう)の裾の現在地に遷祀(せんし)した。

 その後高浜城主木下惟俊(きのしたこれとし)による再建、同堀尾吉晴による鐘楼建立、小浜藩主酒井忠勝による本殿修補ならびに拝殿建立とあいつぎ、社頭(しゃとう)も大いに賑わった。 戦国時代には砕導大明神(さいちだいみょうじん)と呼ばれていたが江戸後期の天保四年(一八三三)六月に旧名の佐伎治社と改め、以後佐伎治神社と呼んでいる。

 明治八年四月に県社となった。神紋は橘(たちばな)。

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佐伎治神社の基本情報

住所福井県大飯郡高浜町宮崎59-4
行き方

JR若狭高浜駅から徒歩10分
舞鶴若狭自動車道大飯高浜ICから車で15分

アクセスを詳しく見る
名称佐伎治神社
読み方さきちじんじゃ
参拝にかかる時間

約10分

参拝料

なし

御朱印あり

限定御朱印なし
電話番号0770-72-0041
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
ホームページhttp://sakichi-jinja.com/

詳細情報

ご祭神《主祭神》
素盞嗚尊
稲田姫命
大己貴命
創建時代不詳
ご由緒

延喜式神名帳(えんぎしきじんみょうちょう)記載の神社。中古の時代に社記等が消失したため定かではないが、景行(けいこう)天皇の侍臣であった磐鹿六雁命(いわかむつかりのみこと)が若狭國造を授けられた時にすでに当社が鎮座していたと伝えられている。今より千八百年以前の創建と推定される。 当社はもともと現在地から一・五キロメートル東北の薗部(そのべ)の森に祀られていたが、八穴(やな)山(現在の城山)に奉遷(ほうせん)され、 さらに戦国時代に辺見駿河守昌経(へんみするがのかみまさつね)が砕導山城(さいちやまじょう)の裾の現在地に遷祀(せんし)した。

 その後高浜城主木下惟俊(きのしたこれとし)による再建、同堀尾吉晴による鐘楼建立、小浜藩主酒井忠勝による本殿修補ならびに拝殿建立とあいつぎ、社頭(しゃとう)も大いに賑わった。 戦国時代には砕導大明神(さいちだいみょうじん)と呼ばれていたが江戸後期の天保四年(一八三三)六月に旧名の佐伎治社と改め、以後佐伎治神社と呼んでいる。

 明治八年四月に県社となった。神紋は橘(たちばな)。

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