しんらじんじゃ
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越前国敦賀郡の式内社「信露貴彦神社」の論社です。元々は燧山の山頂(おそらく現在の燧ヶ城跡)に鎮座していましたが、源義仲公の築城の際に現在地に遷座しました。明治の神社合祀政策によって近くの白鬚神社へ合祀されましたが、4年後もとにもどって現在に至ります。
《一の鳥居と社号碑》
隣が駐車場になってます。
《参道と二の鳥居》
《手水舎》
水は流れていませんでした。
《拝殿》🙏
《授与所》
普段は無人のようですが、御朱印はあるそうです。
《由緒書き》
越前国は角鹿神社に祀られる都怒我阿羅斯等命のように大陸(主に朝鮮半島)から来た方々や関連する人たちを祀る神社が多く見られ、当社もその系統の神社からかつての新羅の名前を冠するようです。
《社務所》
《愛宕山山道入口》
登る元気は…ありませんでした。
《本殿》🙏
👁チェックポイント‼️
当社は白鬚神社に他の神社と共に一度合祀されますが、その社名は新羅神社を名乗っていたようで、明治に式内社が優遇される傾向にあったのを鑑みても、当社のネームバリューがかなり強かったのが窺えますね。
《末社群》
《燧ケ城址》
意外にもこの神社の参道前は喫茶店などの個人店ががあったりと人が集まるような形態を今も残しています。ハイキング客などがいるのかもしれませんね。
今庄宿を散策
きっと何処かに神社があるはず。
案内図で探します👀
ありました! お参りに行きましょう☘️
"しんら神社"
今庄の産土神様、上の宮と称されています。 下の宮は白鬚神社
御祭神 素盞嗚尊 大己貴命 火産霊命
大山咋命 月讀命 保食神
隣には観音堂があります。
燧ヶ城跡🏯 (1182年に木曽義仲が仁科守弘に命じて築城)の登口にもなっているみたいです。
お参りの後はのんびり散策しながら、お蕎麦屋さんを探します。
今庄は蕎麦の町です。
美味しい十割蕎麦を頂きました☘️
鳥居と社号標
階段を登ります
手水
水は出ていません。
拝殿と狛犬
拝殿の後に階段があります。
上に本殿があるようです。
滑りそうなので、今日はこちらからお参り👏
拝殿から見た景色
神社さんのとなりには観音堂がありました。
燧ヶ城跡の登口
芭蕉の句 義仲の寝覚の山か月かなし
観音堂への階段
今庄宿の街並み
国登録文化財の建物でお蕎麦頂きます
十割蕎麦
ちょと辛味の大根おろし、私には丁度良い感じ。美味しいお蕎麦でした。
今庄はお蕎麦の町、お蕎麦目当ての人が多いですね。
この日も12時過ぎにはお蕎麦が終わり閉店みたいでした。
今庄は小さな宿場町
造り酒屋さんも多いです。
この日は人は少なくちっと寂しい感じ。
今週末は今庄蕎麦祭りが開催中。
きっと賑わってますね☘️
宿場町の案内図
【越前・北国街道沿いにある古い神社】
延喜式神名帳に記載されていた式内社、信露貴彦神社の論社で、当時は燧山(今の愛宕山)の山頂付近に鎮座していたそうです。いまはこの地に降りて来ています。
新羅神社を上の宮、近くの白鬚神社を下の宮と称されているようです。
有人らしき社務所があったのでもしかして御朱印はあるかもしれません。
一ノ鳥居。北国街道沿いにあります。
明治三十五年四月
ニノ鳥居
説明。
拝殿
拝殿は1920年(大正9年)の建築。
本殿は1877年(明治10年)の建築。
拝殿の横に書かれた絵。はっきり見えない(残念)。
新羅宮。
拝殿を横から見て。
上から見る。
社務所。
人気がなかったので行きませんでした。御朱印はあるのかな??
名称 | 新羅神社 |
---|---|
読み方 | しんらじんじゃ |
参拝時間 | 参拝自由 |
参拝にかかる時間 | 約10分 |
参拝料 | なし |
トイレ | なし |
御朱印 | あり |
限定御朱印 | なし |
詳細情報
ご祭神 | 素盞嗚命 大己貴命 火産霊命 大山咋命 月読尊 保食神 |
---|---|
ご神体 | 新羅大明神の木像 |
創建時代 | 貞観元年(859年) |
創始者 | 智証大師(円珍僧都) |
本殿 | 一間社流造 |
体験 | 御朱印伝説 |
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