すわあづきじんじゃ
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楽しみ方須波阿湏疑神社のお参りの記録一覧

冠山峠道路開通で、近くに来たので行ってみました。御朱印は何処でもらえるのかわからなかったのでもらえてませんが、とりあえず参拝。

5世紀武烈天皇の代の創建と伝わる。
1491年朝倉貞景が本殿を再建。
1574年一向一揆の兵火で本殿を残して焼失。朝倉氏も滅亡したために衰退した。
江戸時代に入り再興が進み現在の拝殿は1689年、楼門は1850年の再建である。
朝倉貞景再建の本殿は重文指定されている。

神橋・一の鳥居

一里塚

一里塚

田中社

楼門


二の鳥居

野外舞台・歴史館・収蔵庫

拝殿

拝殿

拝殿

拝殿

拝殿







本殿

本殿

本殿

本殿

本殿

御魂社

御魂社

市杵島姫社

祖霊社

秋葉神社

秋葉神社

水神社

おとの池

八幡神社

越前国今立郡の式内社「須波阿須疑神社 三座」の論社です。社名の前半の通り信濃の諏訪の神様と、「阿湏疑(あずき)」の読みの通り、瀬戸内海に浮かぶ小豆島の島玉神とされる大野手比売命さまを祀っています。

《鳥居と社号碑》
明治の近代社格制度では県社に列していました。

《表参道》
結構長いです。

《随身門》
1850年に再建されて今に至ります。現地では「稲荷の赤山門」と言われているようです。

《随身門説明》
ちなみに社号碑やwikiだと須波阿"須"疑神社ですが、この説明書きと神社庁によると須波阿"湏"疑神社となっています。部首の微妙な違いですね。

《二の鳥居と獅子狛犬像》

《手水舎》
苔むした岩から水が流れてきている…自然の調和を感じる素敵な手水です。

《拝殿》🙏
御祭神の大野手比売命さまは神話の記述でも情報が少なく、祀っている神社も当社と小豆島内の阿豆枳島神社、大野手姫神社のみと、島内以外では唯一の神社です。

《本殿》🙏
👁チェックポイント‼️
こちらの神社は論社、というかよく似た名前の神社が複数あり、越前市の須波阿津疑神社、岡太神社の境内社に同名社があります。
御朱印いただいた時に神主さんにこのことを伺うと、どうも『延喜式』神名帳にある「三座」がバラバラに祀られるようになったとか。神主さんによれば上記の二社以外の伝承も話に出たりとかなり説が多くあるようです。


《末社群》

【越前國 式内社巡り】
須波阿湏疑神社(すわあずき~)は、福井県今立郡池田町にある神社。式内社で、旧社格は県社。主祭神は倉稲魂命(正殿)、建御名方命(右殿)、大野手比賣命(左殿)、配祀神は太田命、大己貴命。本殿は、国指定の重要文化財。
社伝によると、創建は第25代武烈天皇の御代、信濃國一宮である諏訪大社の御分霊・建御名方神を勧請したのが始まり。その後、地元神の「あづき神」、小豆島の神である大野手比売命を合祀し、奈良時代の716年に倉稲魂命を合祀したとされる。平安時代の927年に編纂された『延喜式神名帳』に記載のある「越前國 今立郡 須波阿湏疑神社三座 小」に比定されている。
中世戦乱により一時衰退したが、戦国時代の1491年、朝倉貞景の家臣・池田時忠が再興し、社殿(現在の本殿)を造営した。安土桃山時代の1574年、一向一揆により本殿以外の社殿、社宝、古記録を焼失、庇護者の朝倉氏も滅亡し再び衰退した。1595年から再興され、1600年には拝殿が再建され、その後江戸時代には歴代領主からの庇護を受けた。1850年には現在の神門が建立されている。明治に入り近代社格制度のもと県社に列格した。
当社は、JR北陸本線・敦賀駅の東方15kmの山間部の町・池田町の中心部にある。境内のほとんどが平地で、境内東端の少し高いところに社殿などがある。広々とした境内には長い参道、途中に大きな神門、山に抱かれた拝殿、さらに一段高い場所の本殿と、いかにも大社といった堂々たる造り。旧県社とは言え山間部の小さな町にあるので、こぢんまりした神社をイメージしていたため、このかなり立派な造りには驚き。山に漂う神聖な雰囲気含め素晴らしい。
今回は、越前國の式内社、福井県の旧県社であることから参拝することに。参拝時は休日の午後で、ひどい土砂降りであったこともあり、自分以外には人っ子一人見かけなかった。

境内西端入口全景。池田町の中心部にあるようで、写真右手には<お祭り広場>がある。

参道の起点となる<お枕橋>。

神橋の右手(南側)にある<旧田中社跡>。

境内入口の<大鳥居>と<社号標>。

真っ直ぐ伸びる参道。両側に綺麗に高木が並んでいる。

参道左手の<八幡神社>。

参道上にある<神門>。江戸時代後期の建立。三間一戸、切妻、銅板葺の八脚楼門。

神門をくぐったところからの眺め。

参道左手は広場になっている。

社殿が近づいてくると、大きな森が迫ってくる感じ。

参道両側に<狛犬>、奥に<鳥居>と<社殿>が見える。

参道左側の<狛犬>。割と新しそう。

参道右側の<狛犬>。

参道・階段の右側。苔生した様々な石碑、石燈籠、手水盤が並んでいる。
中央上部の朱文字の石碑は<稲荷大神・千三百年碑>。

こちらが<手水盤>。周りに馴染んでいてカメレオンみたい...(^_^;)

社殿前の階段。

<拝殿>全景。階段を上がったところにも、両側に狛犬が並んでいる。

階段の上、左側の<狛犬>。線が太く、力強い造形。

階段の上、右側の<狛犬>。凛々しさ満点。

簡素な<拝殿>正面。

<拝殿>内部。

拝殿から振り返って境内全景。

拝殿の左側から、拝殿後ろの本殿、境内社などを廻る。
写真左端は<社務所>かな。一段高いところに境内社が3社ある。

社務所近くにある<秋葉神社>。

秋葉神社の右隣にある<祖霊社>。

祖霊社の右側にある<市杵島姫社>。

拝殿の真後ろにある<本殿>周りの神域。一段高くなっていて、入口には鳥居が立っている。

<本殿>の覆屋全景。扁額には「縣社式内 須波阿須疑神社」とある。

<本殿>正面。室町時代の建立。桁行3間、梁間2間、三間社流造、檜皮葺。国指定の重要文化財。

本殿から振り返った眺め。

<本殿>全景。覆屋は壁の一部が開いている。

本殿に向かって右手にある<御魂社>。

御魂社の後方高い位置にある<神具庫>。

拝殿の右手、少し離れたところにある<おとの池>と<水神社>。

境内の外、入口にある大鳥居と足羽川の間にある<一里塚>。

大きな木の下にある<一里塚社>。

最後に<社殿>全景。古木の森に囲まれていて、神聖な空気感が抜群に良い。(^▽^)/

池田の総社
大きな木々に囲まれた社
一ノ鳥居から参道を通り、赤い大きな神門を通り抜けると拝殿が見えて来ます。何だかドッシリと構えている様に見えました。
町を見守っているのですね。素敵な佇まいです☘️
こちらもお宮参りの方が、今日は日が良いのかな?
祈祷の後で御朱印書いて頂けるという事で、福井に来てから何十年?😅池田町は初めて訪れたので、参拝の後観光をしてからもう一度御朱印頂きに戻りました。
宮司様も素敵な方でした。
今日も気持ちの良い参拝が出来ました😊☘️
コシヒカリ発祥の地、福井県!
米何処、池田町!神紋も稲穂🌾です☘️
お昼のお餅とおこわも最高に美味しかったです。

一ノ鳥居

杉の参道を進みます

赤い仁王門

稲穂🌾の神紋

拝殿と鳥居が見えて来ました

石碑と手水

湧水でしょうか?
すごい勢いで、ビショビショになってしまいました😅

拝殿
町指定文化財

狛犬さん

狛犬さん

拝殿の後から一段あがると本殿
国指定重要文化財

本殿

摂社

御魂社

おとの池

田中社


社務所
こちらで御朱印は頂けます

萩が咲き始めていました☘️


大鳥居の前には一塚が
町指定文化財

御朱印待ちの間にお昼です😊
すごく美味しい!
味噌汁の中には丸餅が、福井のお雑煮は味噌に丸餅
鰹節かけて頂きます。すご〜く、お餅のびます😄

御朱印待ちの間に池田観光
龍双ヶ瀧
日本の滝百選です
マイナスイオンいっぱい!気持ちが良い☘️

あいにくの雨でしたが参拝へ(゚∀゚)
池田町内48ヶ村の惣社になります。
名前の由来はスワの神(諏訪大社の御分霊)とアズキの神(大野手比売命)からです。
毎年2月6日に「能面まつり」が行われている。
境内は広く、木々に囲まれた素敵な境でした。
充実した1日になりました(^_^)
晴れた日にまた参拝に行きたいです。

一の鳥居です

御枕橋です

神社案内

隣接する一里塚

一里塚案内板

摂社 八幡神社

楼門(神門)案内板です

楼門(神門)には右大臣、左大臣が鎮座しています(´ー`)

お手水。後ろには記念碑があります。

二ノ鳥居。

緑とのコントラストが素敵です(´ー`)

狛犬(´ー`)

狛犬(´ー`)

拝殿です

拝殿に参拝m(__)m

拝殿内に能面が飾ってあります。池田町は「能面の里」との事。

桜と拝殿です。雨でしたが風情を感じました(´ー`)

本殿案内板です(゚ω゚)

本殿への鳥居を抜けて

本殿参拝m(__)m

本殿は国指定重要文化財(旧国宝)です。歴史を感じます(´ー`)

本殿側面。

祖霊社

秋葉神社

自宅兼社務所です。境内にあります。
素敵な宮司さんでした(´ー`)

御魂社

おとの池

下り道にて横から

御朱印になります

神紋が稲穂です(゚ω゚)
初めて見ました!

#須波阿湏疑神社
ご祭神はオオヌデヒメの命、ウガノミタマの命、タケミナカタの命。オオタの命、オオクニヌシの命を併祀するとある。
#大野手比売命
古事記では大野手比売。小豆島の別名。小豆島はイザナギの神とイザナミの神による国生みで、本州や四国などの八島に次いで生まれた6つの島の1つだ。
パンフによると、第15代・応神天皇が小豆島に彼女を祀ったが、その神社が後に消滅し、以来、彼女を正式に祀る神社は全国でもここ須波阿湏疑神社が唯一という状態が続いたと。だが後に小豆島で、ゆかりのある彼女を祀ろうという気運が高まり、戦後になってから、須波阿湏疑神社の分霊を迎える形でそれが実現したそうだ。
#建御名方命
ご存知、諏訪大社の主神。パンフによれば、社名の須波阿湏疑神社のうち、須波(すわ)は諏訪から、阿湏疑(あづき)は小豆島から来ていると。
オオヌデヒメの命と同じく社名にも反映されているように、最も早くからご祭神として鎮座し、共に地域の地主神だったとある。
#倉稲魂命
パンフには、オオヌデヒメの命とタケミナカタの命の神託により、京都府の飯盛山から来臨したとある。
この飯盛山、伏見稲荷大社(京都市伏見区)の鎮座する稲荷山の別名かと思いきや、ネットで調べてみたところ、京都府で飯盛山という山があるのは城陽市とのこと。京都市とは隣接しない。どういうことだ。

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