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2026年04月17日(金) 20時21分 by高砂あさっぴー

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ふりがな
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えいようじ
ご由緒
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栄養寺は伊予市灘町の開拓を行った宮内九右衛門、清兵衛兄弟ら宮内家の菩提寺です。大阪の陣から難を逃れ、伊予の国の各地を転々としていた豊臣秀頼の子・苦厭上人を招き、寛永14年(1637年)開山されました。「栄養寺」という寺号は他に類がなく、「栄養」という言葉が使われた最も古いものであるといわれています。
栄養学の創始者・佐伯矩(ただす)博士は幼少期を伊予市で過ごし、この栄養寺にもよく立ち寄っていました。以前は「えいよう」を、「営養」(食を営めば生命が養われるという意味の『営食養生』を略したもの)と表していましたが、「食を栄えさせ栄養を摂れば国民の体格も向上する」という考えから、「栄養」のほうが適切であると佐伯博士が文部省に進言し、大正9年(1920年)から「栄養」の文字が公用語となりました。
URL
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https://iyokankou.jp/spot/spot-442/
駐車場
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参道右側
山号
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泰昌山
創立
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1637年(寛永14年)
創始者/開山・開基
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苦厭上人
文化財
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山門(伊予市景観重要建築物)
Id
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25141
Spot
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25302
御朱印なし
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あり
Created at
編集後
2026-04-17T20:21:53.310+09:00
Updated at
編集後
2026-04-17T20:21:53.310+09:00