たかいはちまんじんじゃ
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龍神社の次に訪れました
行く順序が逆になってしまいましたが、この後に行った波賀部神社の境外末社となっています
現在の社名は高井八幡神社ですが菅原道真ゆかりの神社であり窪天満宮と呼ばれていた時代もあります

社号標
やはり三輪田米山の揮毫です
この辺りの神社のほとんどが社号標、注連石、扁額などを米山が手がけています

鳥居
境内にはすっと長く伸びた木が多い印象でした

窪天満宮の社号標
仁和4年(888年)と延喜元年(901年)の二度、菅原道真がこの地に立ち寄って幣を奉ったと言い伝えられています
腰掛け石もあったそうなのですが、現在は所在不明となっているとのこと

手水舎
休止中

社殿
お正月の準備がされています


本殿

境内社
斎院神社

境内社
天満社
おそらく道真公と思われる像があるのですが何故か首がない…ちょっとホラー

境内社
素鵞社

境内社
金刀比羅宮

境内社
相原神社

小さな黄色い鳥居

境内社
三光姫神社

境内社
奈良原神社
境内・文化財
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| 名称 | 高井八幡神社 |
|---|---|
| 読み方 | たかいはちまんじんじゃ |
詳細情報
| ご祭神 | 大日要貴尊(おおひるめのみこと・天照大御神)・月夜見尊(つきよみのみこと)・天忍穂耳尊(あめのおしほみみのみこと)・瓊々杵尊(ににぎのみこと)・神日本磐余彦尊(かむやまといわれひのみこと)・饒速日尊(にぎはやひのみこと)・天穂日尊(あめのほひのみこと)。 |
|---|---|
| ご由緒 | 高井町の北東端に「天神原」と呼ばれる所がある。昔浮穴の連(むらじ)、千継が天神地祗七柱の神を祀った所と言われる。仁和4年(888)2月及び延喜元年(901)2月の二度、菅原道真公がこの地に寄られ、この神社に幣を奉り給うた伝説の地でもある。菅公が大宰府に亡くなられた後、天慶5年(942)9月国司河野氏がこの社内に小祠を営み公の霊を祭った。即ち高井天満宮と社号を称する所である。また窪天満宮とも呼ばれた。
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