ほんどじ
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本土寺ではいただけません
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本土寺のお参りの記録(1回目)
投稿日:2022年05月29日(日)
参拝:2022年5月吉日
あじさい寺で有名な本土寺へ行ってきました😆
5月下旬から有料期間になるのですが、開花が遅れているので無料でお参りできました。
6月中旬に見頃になると仰ってましたがHPで調べてから行かれた方がいいかも。
また、御朱印・御首題がありますが、御首題は御首題帳にのみ書き入れをしてくれます。
私はお寺様と神社様と分けているだけなので頂けませんでした残念😣
5月下旬から有料期間になるのですが、開花が遅れているので無料でお参りできました。
6月中旬に見頃になると仰ってましたがHPで調べてから行かれた方がいいかも。
また、御朱印・御首題がありますが、御首題は御首題帳にのみ書き入れをしてくれます。
私はお寺様と神社様と分けているだけなので頂けませんでした残念😣
☆参道☆
参道にコインパーキングや臨時駐車場がいくつかありましたが、台数が少ないのですぐに満車になりそうです。有料期間の時期は電車の方がいいかも。
参道にコインパーキングや臨時駐車場がいくつかありましたが、台数が少ないのですぐに満車になりそうです。有料期間の時期は電車の方がいいかも。
☆仁王門☆
やっと見れた仁王門😍
新緑が多すぎて全体が見られない💦
やっと見れた仁王門😍
新緑が多すぎて全体が見られない💦
間口三間半、奥行二間、木造瓦葺桜門式。
参道の正面に「長谷山」の扁額を掲げた朱塗りの高楼。
慶安年間(1648年か~1651年)、日慧上人の発願による建築。
階上には金色の千体佛が祀られています☺️
参道の正面に「長谷山」の扁額を掲げた朱塗りの高楼。
慶安年間(1648年か~1651年)、日慧上人の発願による建築。
階上には金色の千体佛が祀られています☺️
仁王様
☆御本堂☆
仁王門をくぐり、受付所を通ると正面にドーンとあります。
こちらも新緑だらけで見えません😅
仁王門をくぐり、受付所を通ると正面にドーンとあります。
こちらも新緑だらけで見えません😅
☆御本堂☆
間口八間、奥行十間、木造銅板葺、御本尊は一尊四士。
慶安四年(1651年)に小金城主一族の恵了院日修が息女の菩提を祈って造立したと記録されています。
もともとは祖師堂でありましたが、明治十五年宗祖六百遠忌に場所を移し本堂とし、昭和五十二年宗祖七百遠忌に時に五間四面の拡大改造され今日に至ります☺️
間口八間、奥行十間、木造銅板葺、御本尊は一尊四士。
慶安四年(1651年)に小金城主一族の恵了院日修が息女の菩提を祈って造立したと記録されています。
もともとは祖師堂でありましたが、明治十五年宗祖六百遠忌に場所を移し本堂とし、昭和五十二年宗祖七百遠忌に時に五間四面の拡大改造され今日に至ります☺️
☆翁の碑☆
本堂へ上がる階段の横にあります😊
この句碑は江戸時代の文化元年(1804年)に行われた芭蕉忌を期して建立されたものです。
本土寺では、しばしば「翁会」と称する句会が催され、小林一茶も参加していました☺️
本堂へ上がる階段の横にあります😊
この句碑は江戸時代の文化元年(1804年)に行われた芭蕉忌を期して建立されたものです。
本土寺では、しばしば「翁会」と称する句会が催され、小林一茶も参加していました☺️
☆五重塔☆
平成三年に、日像菩薩六百五十遠忌記念として建立される。
高さ18m、中にインドのネール首相より贈られた真仏舎利の一粒を納め、千体佛と共に祀られています。
平成三年に、日像菩薩六百五十遠忌記念として建立される。
高さ18m、中にインドのネール首相より贈られた真仏舎利の一粒を納め、千体佛と共に祀られています。
☆鐘楼☆
二間四面、茅葺。
梵鐘は建治四年(1278年)の鋳造銘があり、千葉県下第二の古鐘。
昭和五十二年に国重要文化財に指定され、実物は宝物殿の中に保管されています。
二間四面、茅葺。
梵鐘は建治四年(1278年)の鋳造銘があり、千葉県下第二の古鐘。
昭和五十二年に国重要文化財に指定され、実物は宝物殿の中に保管されています。
☆寺務所☆
☆瑞鳳門☆
文政四年(1821年)に建立。
旧輪蔵院の門で、以前は現在の像師堂前にあったが移築されました。
文政四年(1821年)に建立。
旧輪蔵院の門で、以前は現在の像師堂前にあったが移築されました。
☆弁天堂☆
弁天池の中央の小島の厨子には弁財天が祀られています。
また、池の裏手側には銭洗い弁天をお祀りしてあります。
弁天池の中央の小島の厨子には弁財天が祀られています。
また、池の裏手側には銭洗い弁天をお祀りしてあります。
☆像師堂☆
この寺域は往古妙泉院と称せられ中世からは輪蔵院と改称、支院の一つでありました。
現在は当山に合併されており、京都開教の祖日像上人の「日像菩薩像」が祀られています。
「日像菩薩誕生水」と合わせて「子安乳出の日像様」として信仰を集め、最盛期には参道まで祈願者の列がありました。
この寺域は往古妙泉院と称せられ中世からは輪蔵院と改称、支院の一つでありました。
現在は当山に合併されており、京都開教の祖日像上人の「日像菩薩像」が祀られています。
「日像菩薩誕生水」と合わせて「子安乳出の日像様」として信仰を集め、最盛期には参道まで祈願者の列がありました。
何分かおきに中がライトアップされます😆
☆乳出の御霊水☆
「日像菩薩誕生水」とも言われ、日像上人がお生まれになったとき、清水が湧き出て、それを産湯として使ったとされています。
後に井戸とし、その水を飲むと病気が治り、たちまちに乳の出がよくなるという不思議なご利益により当時は参詣祈願の列が絶えませんでした。
またその井戸の脇には銀杏があり、乳が垂れたような枝が生え「乳出銀杏」と言われています☺️
「日像菩薩誕生水」とも言われ、日像上人がお生まれになったとき、清水が湧き出て、それを産湯として使ったとされています。
後に井戸とし、その水を飲むと病気が治り、たちまちに乳の出がよくなるという不思議なご利益により当時は参詣祈願の列が絶えませんでした。
またその井戸の脇には銀杏があり、乳が垂れたような枝が生え「乳出銀杏」と言われています☺️
菖蒲池と右奥は宝物殿
宝物殿は間口三間、奥行四間。
以前は三坪程の土蔵であったのを、宗祖六百五十遠忌の時に日真上人が発願し、昭和五年に建造され、当山霊宝・什物・古文書など収められ、代表的なものとして宗祖真筆加判の御本尊・宗祖御真筆諸人御返事等御書・梵鐘など収められています😍
宝物殿は間口三間、奥行四間。
以前は三坪程の土蔵であったのを、宗祖六百五十遠忌の時に日真上人が発願し、昭和五年に建造され、当山霊宝・什物・古文書など収められ、代表的なものとして宗祖真筆加判の御本尊・宗祖御真筆諸人御返事等御書・梵鐘など収められています😍
☆本土寺境内案内図☆
投稿していない建物等たくさんあります😆
投稿していない建物等たくさんあります😆
通年御朱印 「日像菩薩」
通年御朱印 「昇龍」
すてき
投稿者のプロフィール
![malice さんのプロフィール画像](https://minimized.hotokami.jp/BY3wqSnuuVKTCQrZnpQ0XLtSy1ubWo1iHvE7BnZAt-k/s:50:50/q:20/plain/https://hotokami-user-optimized.s3.amazonaws.com/20220626-173942_Dova1R4e1p.png@webp)
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住職さんも、ホトカミを通じてお参りされる方がいるんだなぁと、ホトカミ無料公式登録して、情報を発信しようという気持ちになるかもしれませんし、
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