はちまんあきたじんじゃ
八幡秋田神社のお参りの記録一覧
秋田市民の憩いの場である千秋公園内に鎮座する八幡秋田神社。
まだ紅葉には程遠い感じですが、春の桜や秋の紅葉のシーズンには見応えがありそうな感じです。
久保田城址にある神社で、公園のコインパーキングに駐車して神社を目指して歩いていくと大きくて立派な城門が目に飛び込んできました。
公園の中でも一番高いところに鎮座されてるので、そこから秋田市内が一望できました。
午前中晴れていた天気も夕方近くになるにつれて小雨が降ったり止んだりでしたが、何とかお参りの時には雨も止んだタイミングで良かったです。
御朱印はご本社の他に境内社の柳龍神社のものが頒布されてした。
久保田城の城門
城門を過ぎると神社があります。
こちらは社号標
御由緒書きではないですが、神社の由来について書かれてました。
境内入り口
扁額
社殿斜めから。
社殿向かって右手側に境内社の雄柳龍神社が。
こちらは秋田藩最後のお殿様の佐竹義尭(よしたか)公。ご祭神の一柱です。
秋田藩は戊辰戦争で官軍側についたので、地元会津とは敵対関係ではありますが、お殿様自身は財政難の秋田藩建て直しのために藩政改革を行い、自らが率先して質素倹約に努めた立派な方だったようです。
また持病の喘息のために御殿医に作らせたのが龍角散だそうな。
他にも色々面白いエピソードがあるので、気になる方はWikipediaをご覧ください(^^)
千秋公園から眺める秋田市内
城門前で御朱印と。
秋田県秋田市、秋田千秋公園内に鎮座、久保田城も近くに在り散策、散歩にも良いです、以前参拝しました八幡神社の由緒ですが以下引用を用いて調べて見ました、茨城の太田城に創建した佐竹家の氏神を久保田城内三の丸八幡山に遷座し、江戸時代は佐竹家の氏神様でした。これを明治32年本丸へ遷し、明治40年には初代藩主・佐竹義宣公、九代藩主義和公、十二代藩主義堯公を祀る秋田神社を合併、八幡秋田神社と改称し、内町(武士の町)の総鎮守となりました。本殿は天保三年(1832)建立で秋田県有形文化財でした。拝殿は明治三十二年以降の建築、両社とも豊富な彫刻が施された立派な建物でしたとあります、歴史的建造物、仏閣、神社巡り、パワースポット、散策、散歩、絶景、景色撮影、癒し処、御朱印集め等好きな方訪れて見て下さい。
東北遠征 秋田11 八幡秋田神社
今回の東北遠征最後になります。今回の東北遠征はオッサン1人旅を3日間で、山形〜青森〜秋田を巡る強行スケジュールで計画しましたが、寺社の壮大なスケールに圧倒され見聞が広がった良い旅となりました♪
八幡秋田神社は、千秋公園内にあり秋田藩主佐竹義堯を祭神とした神社で、八幡神社と秋田神社を合祀した神社です。御朱印を見てみると、その名残りが確認できます。扇の印は、佐竹家の紋『佐竹扇』と、八幡神社と秋田神社両印が押印されています。
社号標
鳥居
雄柳龍神社
拝殿
千秋公園案内図
久保田城表門
今回はGoToキャンペーンを利用したのでお得でしたね!
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