みょうらくじ
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楽しみ方妙楽寺のお参りの記録(1回目)
投稿日:2021年09月22日(水) 14時13分37秒
参拝:2021年9月吉日
新四国八十八か所巡り七十九番札所⛩
白泉山妙楽寺は明徳元年(1390年)開創の妙楽寺は当時七堂伽藍を有し、後花園天皇の祈願所であったと伝えられています。本尊の大日如来像は仏師春日の作と伝えられています。
天正六年(1578年)の兵火の時、本尊、薬師如来、地蔵菩薩、大黒天、白山大権現以外はすべて焼失してしまい、豊臣時代には寺領も没収され、塔頭(末寺)は転散し寺運は衰微してしまったが、寛永十二年(1635年)現在の地に再興しました。
知多四国霊場を開創した「亮山阿闍梨」の住職寺になり、亮山阿闍梨が知多四国霊場開創の為に行脚に使われた「手甲」が妙楽寺にありますが、その大きさから察すると身の丈六尺(180cm)の偉丈夫だったと想像されています。また知多四国霊場を開創後に自ら知多四国霊場を遍路しその時に使用した「某」と書かれた納経帳が保管されています。
白泉山妙楽寺は明徳元年(1390年)開創の妙楽寺は当時七堂伽藍を有し、後花園天皇の祈願所であったと伝えられています。本尊の大日如来像は仏師春日の作と伝えられています。
天正六年(1578年)の兵火の時、本尊、薬師如来、地蔵菩薩、大黒天、白山大権現以外はすべて焼失してしまい、豊臣時代には寺領も没収され、塔頭(末寺)は転散し寺運は衰微してしまったが、寛永十二年(1635年)現在の地に再興しました。
知多四国霊場を開創した「亮山阿闍梨」の住職寺になり、亮山阿闍梨が知多四国霊場開創の為に行脚に使われた「手甲」が妙楽寺にありますが、その大きさから察すると身の丈六尺(180cm)の偉丈夫だったと想像されています。また知多四国霊場を開創後に自ら知多四国霊場を遍路しその時に使用した「某」と書かれた納経帳が保管されています。
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