投稿日:2026年06月29日(月) 07時20分43秒
令和八年七月の御朱印は、豊玉姫命をモチーフにしております
江戸時代の記録、姫小川の古文書『姫郷地名鑑 徳川第三将軍言上控』によると、飛鳥時代に孝徳天皇の娘・綾姫様がこの地に流れ着いて住まわれるようになり、そこから「姫郷」、現在の安城市姫小川町という地名が生まれたとされています。また、当社の社殿は古墳時代に造られた前方後円墳「姫小川古墳」の上に建てられており、式内社としての記録には残らずとも、この地で古墳時代・飛鳥時代から途切れることなく祈りが捧げられてきた歴史が息づいています。
当時この地で信仰されていたのが、海や水を司り、豊穣をもたらす「豊玉姫命」です。龍神の化身であり『浦島太郎』の乙姫様のモデルでもある豊玉姫命の清らかな御力が、かつてこの地を拓いた人々を支えていました。
その後、鎌倉時代以前に村で難産が続いたことから、安産の神である甲斐一宮の木花咲夜姫を改めてお迎えし、現在の浅間神社となりました.
当社は、木花咲夜姫命、豊玉姫命、泣澤女神様、さらに姫小川の地名の元になった綾姫様、女性に縁の多い神社になります。