かんのんじ
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観音寺(大竹観音)のお参りの記録(1回目)
投稿日:2022年03月14日(月)
参拝:2022年3月吉日
常滑市の大善院から半田市を抜けて海底トンネルを出て直ぐの碧南市に在る融通山 観音寺です。三河三十三観音霊場の番外札所。
信貴山真言宗で、本尊は聖観音菩薩。
大竹常三郎という人が日露戦争に出征、守り本尊として家代々伝わる身丈一寸の小観音像を肌身に着け九死に一生を得て無事生還した。その後も度々の不思議なご加護があり、このような尊い御仏を私仏とせず広めたいと思った。そして、開基を大竹きよ尼とし、1955年に奈良の信貴山末寺の大竹観音融通教会として発足。1966年に本堂を増築し、観音寺として寺格に昇格した。
寺院の道路を挟んだ向いに10台位停めれる駐車場があります。入口らしき門がありますが閉まっています。北側の細い道を入ったら道に面して大師堂、その奥に一般宅の玄関みたいなのが寺院の入口でした。中に入らせて頂き、手を合わせていたらお寺の方(奥様?)がいらっしゃって、上がってお参り下さいと。セルフ用御朱印が置いてありましたが、奉納経に朱印を押印して頂けました。上がって少し奥に行くと祭壇がありましたので再度手を合わせました。
この寺院が出来てからまだ67年しか経っておりませんが、三河三十三観音霊場や三河新四国霊場の札所になっているのですから、信仰者が多く御利益があるのでしょうね。
信貴山真言宗で、本尊は聖観音菩薩。
大竹常三郎という人が日露戦争に出征、守り本尊として家代々伝わる身丈一寸の小観音像を肌身に着け九死に一生を得て無事生還した。その後も度々の不思議なご加護があり、このような尊い御仏を私仏とせず広めたいと思った。そして、開基を大竹きよ尼とし、1955年に奈良の信貴山末寺の大竹観音融通教会として発足。1966年に本堂を増築し、観音寺として寺格に昇格した。
寺院の道路を挟んだ向いに10台位停めれる駐車場があります。入口らしき門がありますが閉まっています。北側の細い道を入ったら道に面して大師堂、その奥に一般宅の玄関みたいなのが寺院の入口でした。中に入らせて頂き、手を合わせていたらお寺の方(奥様?)がいらっしゃって、上がってお参り下さいと。セルフ用御朱印が置いてありましたが、奉納経に朱印を押印して頂けました。上がって少し奥に行くと祭壇がありましたので再度手を合わせました。
この寺院が出来てからまだ67年しか経っておりませんが、三河三十三観音霊場や三河新四国霊場の札所になっているのですから、信仰者が多く御利益があるのでしょうね。
すてき
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nomuten1076投稿
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