しょうおうじ
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方松應寺のお参りの記録(1回目)
投稿日:2022年02月01日(火) 19時21分41秒
参拝:2022年1月吉日
三河三十三観音霊場巡りの6寺目は、岡崎市に在る第5番の能見山 瑞雲院 松應寺です。5寺目の観音寺から南東へ約500mの所です。
浄土宗で、本尊は阿弥陀如来、札所本尊は聖観音菩薩。
1549年に家康の父・松平広忠は岡崎城中で家臣に殺され(諸説ある)、能見ヶ原の月光庵(現松應寺)に埋葬された。家康は月光庵に参り、松の木を1株植えて松平一族の繁栄を祈願。1560年の桶狭間の戦いの後に岡崎城主となった家康は、父の菩提を弔うために月光庵の地に寺院を建立。家康は父の墓上の手植えの松が念願通り緑深く成長するのを見て「我が祈念に応ずる松なり」として「松應寺」と名付けた。
1945年の岡崎空襲で堂宇の殆どを焼失したが、太子堂と広忠公御廟所は戦火を免れた。1952年に現在の本堂が落成した。また、松應寺境内にあった8ケ院の内、現在も残るのは浄誓院(松本観音)と善入院(油掛地蔵尊)の2寺のみです。
ナビにセットして近くに来ましたが寺院の場所がわかりません。車を降りて周りを歩いて探したら、松應寺横丁という小さな商店街の突き当りに在りました。路上駐車はNGなので横丁を通り抜けて1台のみの駐車スペースに停めました。
広忠公御廟所は現在修復工事中のため観れるのは本堂のみ。本堂の中にセルフ用御朱印があるかなと本堂の扉を開けるとご住職が座って何か書かれています。「観音霊場の御朱印は何処にありますか?」とお聞きしたら「外のテーブルにありますよ。」と。あれっ、気付かなかった。堂内は暗いため本尊、札所本尊を近くで観たかったのですが「中へどうぞ。」と言って頂けなかったのでやめておきました。
広忠公御廟所の修復工事が終わったら再度参拝する事にします。
尚、観音霊場のセルフ御朱印以外の御朱印は、授与日が決まっているそうです。
浄土宗で、本尊は阿弥陀如来、札所本尊は聖観音菩薩。
1549年に家康の父・松平広忠は岡崎城中で家臣に殺され(諸説ある)、能見ヶ原の月光庵(現松應寺)に埋葬された。家康は月光庵に参り、松の木を1株植えて松平一族の繁栄を祈願。1560年の桶狭間の戦いの後に岡崎城主となった家康は、父の菩提を弔うために月光庵の地に寺院を建立。家康は父の墓上の手植えの松が念願通り緑深く成長するのを見て「我が祈念に応ずる松なり」として「松應寺」と名付けた。
1945年の岡崎空襲で堂宇の殆どを焼失したが、太子堂と広忠公御廟所は戦火を免れた。1952年に現在の本堂が落成した。また、松應寺境内にあった8ケ院の内、現在も残るのは浄誓院(松本観音)と善入院(油掛地蔵尊)の2寺のみです。
ナビにセットして近くに来ましたが寺院の場所がわかりません。車を降りて周りを歩いて探したら、松應寺横丁という小さな商店街の突き当りに在りました。路上駐車はNGなので横丁を通り抜けて1台のみの駐車スペースに停めました。
広忠公御廟所は現在修復工事中のため観れるのは本堂のみ。本堂の中にセルフ用御朱印があるかなと本堂の扉を開けるとご住職が座って何か書かれています。「観音霊場の御朱印は何処にありますか?」とお聞きしたら「外のテーブルにありますよ。」と。あれっ、気付かなかった。堂内は暗いため本尊、札所本尊を近くで観たかったのですが「中へどうぞ。」と言って頂けなかったのでやめておきました。
広忠公御廟所の修復工事が終わったら再度参拝する事にします。
尚、観音霊場のセルフ御朱印以外の御朱印は、授与日が決まっているそうです。

御朱印

この横丁の突き当たりにあります

鐘楼

本堂

御朱印

この横丁の突き当たりにあります

御朱印

この横丁の突き当たりにあります

鐘楼

鐘楼

本堂

御朱印

この横丁の突き当たりにあります

本堂

御朱印

鐘楼

本堂

この横丁の突き当たりにあります

御朱印

鐘楼

この横丁の突き当たりにあります

鐘楼

本堂

本堂
すてき
投稿者のプロフィール

nomuten1397投稿
仏像の造形美に惹かれて、主に寺院に参拝しております。 御朱印収集はしておりませんが、あれば頂戴します。但し、お洒落な、手の込んだ限定御朱印などは余り頂戴しませんので悪しからずです。(限定御朱印は...もっと読む
ホトカミ見ました! で広がるご縁
ホトカミを見てお参りされた際は、もし話す機会があれば住職さんに、「ホトカミ見てお参りしました!」とお伝えください。
住職さんも、ホトカミを通じてお参りされる方がいるんだなぁと、ホトカミ無料公式登録して、情報を発信しようという気持ちになるかもしれませんし、
「ホトカミ見ました!」きっかけで豊かな会話が生まれたら、ホトカミ運営の私たちも嬉しいです。









