御朱印・神社お寺の検索サイト

楽しみ方

さなげじんじゃ

猿投神社のお参りの記録一覧
愛知県 貝津駅

2 / 3ページ26〜50件52件中
惣一郎
惣一郎
2022年02月09日(水)1269投稿

【三河国 式内社巡り】

猿投神社(さなげ~)は、愛知県豊田市猿投町大城にある神社。式内社で、三河国三之宮。旧社格は県社。猿投山を神体山とし、主祭神は大碓命(おおうす)、配祀神は景行天皇(第12代、主神の父)、垂仁天皇(第11代、主神の祖父)。

『日本書紀』によると、大碓命は景行天皇に東征を命じられたが、これを恐れて逃亡し美濃国に封じられたとある。779年に編纂された縁起書によると大碓命は景行天皇52年に猿投山中で毒蛇により死去し、山上に葬られたという。社伝によると、当社は仲哀天皇元年に勅願により現在地に創建された。国史では『日本文徳天皇実録』の平安時代851年の条に「狭投神」の神階奉授の記載がある。また、927年に編纂された『延喜式神名帳』に記載のある「参河国 賀茂郡 猿投神社 小」に比定されている。その後、戦国時代の1534年には松平清康により攻撃され堂塔を焼失したが、梅坪城主の三宅氏や那須氏などにより再建された。1561年に織田信長が三河の高橋荘を支配下に入れると当社を保護した。明治時代に入り、近代社格制度の下、県社に列格するとともに、『延喜式神名帳』に記載のある「参河国 賀茂郡 広沢神社 小」を合祀した(現在は「広沢天神社」の名称で摂社として分祀)。

当社は、愛知環状鉄道・保見駅の北東6kmの猿投山南麓にある。境内南端の神門から古巨木が建ち並ぶ長い参道を進むとなだらかに登って行くと、広々とした社殿周りに辿り着く。社殿の構成は独特で、拝殿、四方殿、中門、本殿が縦に並び、参拝者は中門で参拝する。中門の右側には透塀が巡らされ、本殿の右側に境内社があるため、透塀には境内社の参拝所が設置されている。全体として古社、大社の雰囲気に溢れている。

今回は、三河国の式内社、三之宮、旧県社であることから参拝することに。参拝時は休日の午後で、多くの参拝客が訪れていた。

猿投神社の山門・神門

境内南端入口にある<総門(山門)>と<社号標>。手前は大通りの交差点。

猿投神社の鳥居

総門の外にある<二の鳥居>。県道349号線(深見亀首線)で南西から来る場合は、この目立つ鳥居が目印。駐車場は総門の右側の道に入った先にある。

他32枚の写真を見る
もっと読む
行きたい
行った
お問い合わせ

最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう

利用開始をもって利用規約プライバシーポリシー
同意したものとみなします。

※購読はいつでも解除できます。

This site is protected by reCAPTCHA and the Google
Privacy Policy andTerms of Service apply.

御朱印背景
神社寺院のホームページが無料でかんたんに作れる!

ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから

お問い合わせ