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じょうせんじ|天台宗西能山

常泉寺の御由緒・歴史
愛知県 神領駅

ご本尊阿弥陀如来・子安地蔵菩薩
創建時代応安元年(1368)
ご由緒

かつては天台宗密蔵院末。本尊は三尊阿弥陀如来。常泉寺は野田密蔵院の開山慈妙上人の開山と伝えられ、常泉坊と称して室町時代に密蔵院が隆盛を極めた時、当坊は寺中三十六坊中の筆頭に数えられたという。本坊も小牧長久手合戦の兵火に会い、焼失するも再興され、残存の他五坊と共に野田六坊と称せられ、明治維新に及んだ。小牧長久手の合戦の折、大留にあった梅窓院・西禅院が兵火にあって焼失したまま再興できず、近くにあった瑞雲寺や常泉坊に負担させたと伝えられる。当時瑞雲寺も天台宗に属し、密蔵院末であったという。密蔵院と大留との距離が6キロもあり、行き来に不便であったので明治36年、大正8年、大正13年と3回にわたり常泉坊移転運動が起こった。当寺と密蔵院との間で合議に達することができず、昭和24年住職交替を機会に密蔵院との間で話し合いができ、常泉寺と改め現在地に移転した。
なお常泉寺にまつわる伝説としては、密蔵院開山慈妙上人が美濃より密蔵院にまいられる途中、白山で猿が松明をもって迎え、野田牛毛にみえたおり童男童女がお迎えしたことを慈妙上人は感謝され常泉坊に子安地蔵を祀られたと伝えられる。この子安地蔵は小牧長久手の合戦のおり兵火にあい焼失した。大留町産婆小林えいさんが子安地蔵を夢に見て以来、昭和26年当寺に再祀された。それ以後子授けの地蔵様と多くの人々より信仰され、毎月24日にはお詣りの人でにぎわっている。
(『春日井の寺院』より)

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