はちまんしゃ
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八幡社(戸倉)ではいただけません
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八幡社(戸倉)のお参りの記録(1回目)
投稿日:2024年03月01日(金)
参拝:2024年2月吉日
地図を見るとわかりますが、周りは田んぼだらけです。
本殿
本殿
宮池竜神社
昔、一塊の黒雲が氏神境内の辺りにわき起こった。そして、激しい雨が降ってきた。黒雲が氏神境内西の池を覆った途端、池の水面が激しく波立った。やがて何事もなかったように雨もすっかり止んだ。村人は「宮西の池から竜が立ち昇ったのだ」と言い合った。
その後、池が埋められたが、村の中によくないことがつづいた。これは竜神様を粗末にしているからだとの風評が高まり昭和55年10月に社を建てた。
(『立田村史』より)
昔、一塊の黒雲が氏神境内の辺りにわき起こった。そして、激しい雨が降ってきた。黒雲が氏神境内西の池を覆った途端、池の水面が激しく波立った。やがて何事もなかったように雨もすっかり止んだ。村人は「宮西の池から竜が立ち昇ったのだ」と言い合った。
その後、池が埋められたが、村の中によくないことがつづいた。これは竜神様を粗末にしているからだとの風評が高まり昭和55年10月に社を建てた。
(『立田村史』より)
友安稲荷社鳥居
嘉永2年の村絵図にも稲荷大明神として記載されている。その絵図には八幡宮と相殿の形になっている。
嘉永2年の村絵図にも稲荷大明神として記載されている。その絵図には八幡宮と相殿の形になっている。
友安稲荷社
昭和25年ころ稲荷社の祭神が村の人の夢枕に立ち、「別宮を建て、そこへ祭って欲しい」と訴えられた。
昭和39年8月15日、氏神本殿から分社・隣地へ祭った。
(『立田村史』より)
昭和25年ころ稲荷社の祭神が村の人の夢枕に立ち、「別宮を建て、そこへ祭って欲しい」と訴えられた。
昭和39年8月15日、氏神本殿から分社・隣地へ祭った。
(『立田村史』より)
すてき
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