きたのじんじゃ(おおす)
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楽しみ方北野神社(大須)のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年04月10日(金) 21時08分53秒
参拝:2017年4月吉日
2017年4月18日に初めて参拝させて頂きました。
大須観音の真福寺宝生院の北側に鎮座しています。
大須はよく訪れ、北野神社の前も歩いており、たまにお詣りしています。
昔は多分境内も大きかったと思いますが、今は路地裏にこじんまりと建っています。
名古屋市史社寺編に拠りますと、
鎌倉時代最末期、後醍醐天皇の勅令により、京都北野天満宮より菅原道真公の画像を勧請して、尾張国中島郡長岡庄大須(当時)の地に創建したそうです。
康永3年(1344年)焼失しその後再建されましたが、慶長10年(1605年)に木曽川の洪水で流失しました。その後、徳川家康の命令により慶長17年(1612年)に現在の地に遷座したそうです。
まだ長岡庄大須にあった頃、能信という僧が訪れ真福寺を宮寺として建立したそうです。この真福寺は北野神社と同じように焼失したり、流失したり、家康の命令で移転させられて、今の大須観音となっています。
大須観音の真福寺宝生院の北側に鎮座しています。
大須はよく訪れ、北野神社の前も歩いており、たまにお詣りしています。
昔は多分境内も大きかったと思いますが、今は路地裏にこじんまりと建っています。
名古屋市史社寺編に拠りますと、
鎌倉時代最末期、後醍醐天皇の勅令により、京都北野天満宮より菅原道真公の画像を勧請して、尾張国中島郡長岡庄大須(当時)の地に創建したそうです。
康永3年(1344年)焼失しその後再建されましたが、慶長10年(1605年)に木曽川の洪水で流失しました。その後、徳川家康の命令により慶長17年(1612年)に現在の地に遷座したそうです。
まだ長岡庄大須にあった頃、能信という僧が訪れ真福寺を宮寺として建立したそうです。この真福寺は北野神社と同じように焼失したり、流失したり、家康の命令で移転させられて、今の大須観音となっています。

2017年4月18日撮影
北野神社の入口に建っている石鳥居です。
北野神社の入口に建っている石鳥居です。

2017年4月18日撮影
鳥居を潜って中に入るとオープンな拝殿があり、そのまま先に本殿が鎮座しています。
鳥居を潜って中に入るとオープンな拝殿があり、そのまま先に本殿が鎮座しています。

2017年4月18日撮影
北野神社の境内で並んで稲荷社があります。朱塗りの鳥居、社殿と赤い幟が北野神社より目に付きます。
北野神社の境内で並んで稲荷社があります。朱塗りの鳥居、社殿と赤い幟が北野神社より目に付きます。
すてき
投稿者のプロフィール

しんめいしゃ33投稿
若い頃から歴史が好きでした。仕事場が奈良県で歴史の真っただ中にいました。定年に近くなった頃、長年思っていた事ーー寺社巡り&遺跡巡りを始めました。定年後は名古屋に居を移し、名古屋市内を皮切りに尾張...もっと読む
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