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じょうえんじ はいじ

乗円寺・廃寺のお参りの記録(1回目)
愛知県上前津駅

投稿日:2026年05月11日(月) 22時32分14秒
2017年4月25日に初めてお参りしました。
初めてお参りした時は、プレサンスロジェ鶴舞というマンションの脇にお寺への入口があり、ここにお寺がありますよと電光掲示板が掛かっていました。
アスファルトの参道の奥に乗円寺さんのご本堂がありました。ただし門は固く閉じられており境内に入ることはできませんでした。
門と塀は普通の住宅にあるようなもので門の外から本堂はよく見えるのでお参りさせて頂きました。
恥ずかしながら、乗円寺さんを登録するに当たってホトカミさんの投稿を調べたところ、乗円寺さんの場所にマンションが建てられていると知りあわてて確認に行きました。
まさしく大きくりっぱなマンションが建っていました。
乗円寺さんは曹洞宗だそうです。お寺の歴史はわかりません。
何か乗円寺さんのことがわからないかと調べていたところ、network2010というウェブサイトで公開されている沢井鈴一さん作成の「名古屋の町探索紀行」に乗円寺さんが載っていたのでご紹介したいと思います。
新堀川という川があります。昔は精進川、熱田辺では僧都川と呼ばれていたそうです。この川は流路が曲がりくねっていてよく洪水が発生していたようです。江戸時代に一度改修しようとしたのですが、費用の工面ができず中止となりました。
明治16年に当時の名古屋区長の吉田禄在が精進川の改修が建議され区会でも可決されたが、最初はなかなか進展しなかったそうです。でも、明治37年、日露戦争が勃発し熱田に造兵廠を建設されることになり、精進川の改修で出た土砂を造兵廠の埋め立てで使うことになって工事が進み、明治43年に完成しました。精進川は新堀川と改名されました。
しかし、その間工事従事者で事故で殉職した人も多かったようです。
乗円寺さんは川の近くにあり、当時の住職の中井俊童さんが事故死された工事従事者の霊を慰めるために近所の人から浄財を募り一体の地蔵菩薩を建立したそうです。それが本堂の前に鎮座している二体の地蔵菩薩のうち向かって右のお地蔵さんだそうです。
でもお地蔵さんも本堂も今はありません。
お寺の中には建ったマンションの高層階にお寺として残るケースもあれば、どこかに移転するケースもあるようです。いずれにしても今はどうしているかわかりません。
乗円寺・廃寺(愛知県)
2017年4月25日撮影
乗円寺の入口です。隣には高いマンションが建っており、すぐには見つかりませんが、通り側に電光掲示板が立っており、お寺のあることがわかります。
乗円寺・廃寺(愛知県)
2017年4月25日撮影
乗円寺の門前から境内を写しました。
乗円寺・廃寺(愛知県)
2021年1月4日撮影
乗円寺の本堂です。本堂の前に二体の地蔵菩薩が鎮座していますが、向かって右側の地蔵菩薩が明治の新堀川改修で亡くなった土木作業者の霊を慰めるために造られたそうです。
乗円寺・廃寺(愛知県)
2021年1月4日撮影
本堂の脇に建っている石造三重塔です。
乗円寺・廃寺(愛知県)
2021年1月4日撮影
乗円寺さんの全景です。となりのマンションの影のおかげで日当たりは良くないようです。
乗円寺・廃寺(愛知県)
2026年4月29日撮影
お寺の面影はいっさいなく、りっぱなマンションが建っていました。手前に庫裡、奥に本堂が建っていました。

すてき

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