ちょうきゅうじ|真言宗智山派|東岳山
長久寺のお参りの記録一覧
東海三十六不動尊霊場第7番の長久寺に初参拝させていただきました。
駐車場がわかりにくいですが、南側の道路からビルの間を北に行った突き当たりにあります。
門の横の木戸から入らせていただきました。
東の道路からは立派な寺号標と山門があります。庭はきれいに手入れされてました。
寺号標
山門
清洲城裏門の移築
手水
本堂
裏門(南)
駐車場はここの前に2台ありました
ソメイヨシノの時期に参拝に行けなかったのが、
心残りですがまたご縁があります様に
八戸桜は咲いているのですけどね。
東海36不動尊の奉納帳への押印、こちらは重ねていないけど重ね印で6度目
名古屋廿一大師、やっと10度目に届いた。
奥は、不動祭の時しか開かないのかな?
百合、鉄砲百合では無いか。リリー系の百合
青面金剛の真言は
おん・でいば・やきしゃ・ばんだ・ばんだ・かかかか・そわか
セルフ、こういうスタイルも慣れた。
他の霊場でも粛々と押印できる様になった、まだ朱肉に朱が足されているので有り難いですね。
予定していた時間より大幅に遅れての参拝となりました。
こちらも観光寺院出ないので、早々人を御縁日以外で見かけないので
不動尊経を読み上げる練習に適していますよ。
なによりも、庚申様が市の文化財にも登録されているので、
ぜひ足を運んだのであれば見ていってほしいですね。
9度目の参拝となりました。
おやおや、はさみ紙が無いですね。
はさみ紙の代わりとして使っています。
9回目の用紙を忘れちゃったので、28日に持っていきます。
28日はお不動縁日✌️
後になって持っていっているはずの東海不動尊奉納帳への重ね印を忘れていることに気付く、事前の笠寺観音では覚えていたのに、やっぱり時間に余裕を持ちたいですね。
名古屋廿一大師のみ押印です。
また、近いうちに参拝に来ましょう。
名古屋廿一大師霊場巡拝は7度目です。
本堂、弘法堂、樹木、庚申堂と立札がまだ建てられて間もないですね。
寺務所より振り返っての撮り
先程の振り返ってとは別の撮りです。
今日もウォーキング中に寄りました。
弁天さまやいつも見ないところにも仏様がいらっしゃる様です。
一度は拝見したいですね。
季節が移るとまた良いタイミングで見られるのかな?
名古屋廿一大師は6度目の参拝になりました。
一度場所を覚えるのと、最寄駅からもアクセスしやすいところにあるというのが分かったので時間を見つけて寄れそうですね。
寺務所、どうぞ〜状態にはなっていますが、不在と言うわけではなさそうです。郵便屋さんや宅配便屋さんも立ち代わり入れ替わり来るのでしょうね。
後方の弘法堂、過去写真等を見るとパネルが載っていない頃のものも見たことあります。
繰り返し参拝していると、あまり屋根上は見ないのですけどね。今回そういうこともあって気が付きました。今まで気が付かなかったという言い訳もあるのですが、、、。
東海不動36です
5度目です
今日は寄るつもりじゃなかったのですが、ちょっとコースを変えたらたどり着いてしまったので、そのまま押印していきました。
いつも思うのだけど、戦前建物残っているのにあまり参拝者見かけないのは何故かな?
平日だからなのかな?と思うこの頃です。
名古屋廿一大師、弘法さんお不動さんの押印です。
五度目です。
東海36不動尊、4度目の訪問になります。
駅近くなので参拝の為に往復しました。
でも、坂道は結構辛いですね。
いつも午後からの参拝になるので、28日には頃良い時間に参拝したいですね。
東海三十六不動尊霊場、2回目の参拝です。
名古屋廿一大師も2回目
15時過ぎてからの参拝なので、自押しの朱印のみ押してきました。
山門、庚申塔、本堂は名古屋空襲から免れた戦前の建物。
徳川家康の4男として生まれた松平忠吉が武蔵国忍城の城主であった頃に
長久寺が祈願所とされ、清須に建立したが名古屋城築城の際に
清須越しにて移転され、名古屋城の鬼門鎮護として東北に建立された。
《忍城といえば、のぼうの城でも知られるお城、石田三成が
攻めあぐねている間に自軍が壊滅状態になると言ったお話しでしたが、
忍城攻略時に現・行田市の長久寺を兵火で焼失させてしまっているので
松平忠吉が清須へ移封と同時に当時の住職の重敒も帰依を受け清須へ
新たに長久寺を開かれ復興された。
行田市の長久寺は成田氏の菩提寺であることから、徳川家と成田家は
繋がりある関係となった。》
しかし、天明期(1780年頃)に火災焼失後の寛政時代(1790年頃)再建。
ところどころ修復もなされているとはいえ、名古屋空襲を乗り越えてきて
いるので、貴重な文化財と指定を受けています。
尾張ナゴヤは「寺」で持つ? 27
東海三十六不動霊場第7番札所の真言宗寺院。ご本尊は不動明王。
尼ヶ坂駅から歩くと、白い塀が連なった場所が見えてきました。
住所は「白壁」。まさかと思いつつ、お参りしていると
作務をしていたお寺の方に色々とお話を下さいました。
目の前の山門は、名古屋大空襲の被害を免れました。
庚申塔。こちらは、名古屋の有形民族文化財に指定されています。
不動堂です。
こちらが本堂。名古屋大空襲の戦火にも免れました。
こちらは境内の裏手にある阿弥陀如来。
元々は、尾張徳川家の祈願所であり、真義真言宗の学問所でこの一帯は長久寺の土地で、裏の金城学園高校もここの土地です。
お寺の方が是非ということで薦めていただいたのが、弁財天を祀る祠。
琵琶を弾いている弁財天の姿は珍しいとお話くださいました。
あまり名古屋市民も知られていないそうです。
第6番の次は第7番の東岳山長久寺です。
名古屋市東区のお嬢様学校である金城学院中学の近くにある真言宗智山派のお寺です。
本尊は不動明王。山門は東側にありますが、本来の参道は南側で、ビル等でわかり辛いですが、お寺の駐車場は参道側にあります。お寺の方が「よくわかりましたね。」と、おっしゃっていました。
本堂には入れず、また、堂の中は暗いため、不動明王像はわかりませんでした。(厨子には入っていない)
こちらにも専用の納経帳がありませんでしたので、持参の御朱印帳に御朱印を頂きました。
尚、南側に10台位の駐車場があります。
御朱印
山門
手水
本堂
大師堂(屋根には今風の太陽光パネル)
庚猿塔
東海三十六不動尊霊場 第7番札所 長久寺
10年前に参拝した時は、寺院北側に無料駐車場に車を停める事が出来たが、今回お詣りしたら月極駐車場になっていたので寺の前の有料駐車場に停めての参拝となりました🥲
名古屋市内のお寺としては大きな所で、本堂、大師堂、庚申堂、弁天堂などがあり、じっくりと見て回りたい所でした。また、こちらは徳川家の祈願所としても知られており、名古屋城の鬼門鎮めとされております。
寺号標
葵の御紋からも、徳川家と所縁がある事が分かります
手水舎
柑橘類の木だけど、夏ミカンなのかはっさくなのかよく分からない
六地蔵
お大師さま
大師堂
本堂
弁天堂
石像の弁天さまは珍しいとのこと
弁天堂の池は干上がっていました😥
大正から昭和にかけての歌人石井直樹の歌碑
庚申堂とお不動さま
強そうなお顔の金剛像が庚申さまで、下の三匹の猿が🙈🙊🙉
お不動さま
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