御朱印・神社お寺の検索サイト楽しみ方

せいおんじ|曹洞宗松峰山

清音寺の御由緒・歴史
愛知県 東枇杷島駅

ご本尊釈迦牟尼仏
ご由緒

1179年(治承3年)太政大臣藤原師長は、平清盛により尾張国井戸田(現、瑞穂区)に流されました。
許されて帰路につく際、そこで寵愛した村長の娘が名残惜しんでこの付近まで見送った為、師長は薬師如来と
自分の白菊の琵琶を形見として娘に手渡した。しかし、彼女は悲嘆にくれて「四つの緒の調もたえて三瀬川沈み果てぬと君に伝えよ」
の一種を琵琶の甲に書きつけて池に身を投じた為、人々は池を琵琶池といい、周囲の地名が琵琶島と呼ばれる様になったと
いいます。師長は娘の菩提を弔う為に建立した寺が清音寺の起源と言われる。
寺号はその娘の法号「清音院」に由来する。
1504年〜1521年(永正年中)正眼寺の八世和尚が中興の祖となり、その際に曹洞宗に改宗。
美濃路開設以前は、現在地より600㍍ほど北の枇杷島村の中心部にあった。
木曽の御嶽教の開祖である覚明がかつてこの寺で修行していた事でも知られている。
明治期の俳人で西枇杷島に住んだ大木静処(1828〜1892)による
1893年(明治26年)建立の「海のそら苫屋の露にしつみけり」の塚がある。

歴史の写真一覧

最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう

利用開始をもって利用規約プライバシーポリシー
同意したものとみなします。

※購読はいつでも解除できます。

This site is protected by reCAPTCHA and the Google
Privacy Policy andTerms of Service apply.

御朱印背景
ホトカミを続けるために、あなたのサポートが必要です。
行きたい
投稿する
お問い合わせ

ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから

お問い合わせ