曹洞宗
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楽しみ方眞福寺のお参りの記録一覧
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令和八年四月十三日参拝。
神奈川ー683。
令和八年午歳御開帳、准秩父三十四札所観世音菩薩霊場、御開帳が四月十日より始まったので、札所参拝に行ってきました。
最初は第一番札所の眞福寺に参拝してきました。こちらは、如意輪観世音菩薩が安置されています。あと、第二番札所の楊柳観世音菩薩半跏像も一緒に安置されています。
第二番札所の双松庵の楊柳観世音は、手のひらサイズの仏像で、今回拝観しやすいように、見やすい位置まで移動してありました。小さいながらも細部まで作られており、手にしている柳は金色に光っていました。柳は昔から解熱鎮痛効果があるアスピリンが含まれており、鎮痛のご利益がありそうです。住職自ら仏様の説明や本殿の説明をしていただきました。
准秩父観音霊場案内冊子より。
第一番 眞福寺。
如意輪観世音菩薩。
山号は下田山、古くは駒橋山と号した。駒橋は、かつての村名である武蔵国橘樹郡駒ヶ橋村による。説によると、源頼朝公がこの地へ来た折りに、逃げた頼朝公の馬が眞福寺から程近い村内の橋のところにとどまったことから,駒ヶ橋の名が起きたという。
如意輪観世音菩薩は慈覚大師(794ー864)の御作といわれる。当山は、御本尊とともに、子育延命地蔵菩薩を安置し、下田地蔵尊とも称される。下田のお地蔵様は、回り地蔵として関東一円を巡行し、江戸時代中頃(1750年頃)に開始されてから、昭和四十年ごろに終結するまで、広く信仰をあつめた。
本堂は明治八年(1875)、再建に着手(霊牛代)、明治十五年、茅葺御堂造りにて完成(大徹代)明治十七年、瓦葺に改修(大英代)、昭和三十八年(1963)、屋根を入母屋造りに改修(玄一代)、平成十四年(2012)には檀信徒、近隣の篤志を得て、屋根を解体改修して銅板葺とし、あわせて本堂耐震工事を行なって趣を一新した。庫裡は、昭和四十年に改築され、現在に至っている。
第二番 双松庵。
楊柳観世音菩薩。
1810ー30年に書かれた『新編 武蔵風土記稿巻之六十五 橘樹郡之八』によると、双松庵とは、もと村の名主(田邊)十郎右衛門の墓所内にある間口九尺、奥行一丈の寮で、建立年は不詳、御本尊に楊柳観世音菩薩を安置、とある。六部僧がそこに住んで墓守をしていたと伝わるが、現在は双松庵の建物はない。いつの頃か、田邊家の依頼で、御本尊は眞福寺に遷座され、本堂に安置されている。
御本尊は銅製の唐仏で、高さ十センチメートルほどの半跏像で、右手に楊杖、左手に巻物をもつ。種々の難病を取り除くとされる薬王観音である。

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