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ほうおんじ|浄土真宗 真宗大谷派高龍山

報恩寺
東京都 稲荷町駅

御朱印について
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報恩寺について

「坂東本」とは、坂東報恩寺が伝持してきた『顕浄土真実教行証文類』の通称。坂東本が現存する唯一の真蹟本であり、国宝の指定を受けている。「坂東本」は真宗大谷派に寄贈され、京都国立博物館に預託されている。「坂東本」という通称は坂東報恩寺が所蔵してきたことにちなむ。

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ひでどらごん
ひでどらごん
2024年10月19日(土)
699投稿

東京都台東区東上野に位置する報恩寺(ほうおんじ)は、真宗大谷派の重要な寺院で、「坂東報恩寺」としても知られています。山号は「高龍山」、院号は「謝徳院」です。この寺院は親鸞の直弟である性信によって創建されました。

●創建と移転の歴史

報恩寺の起源は、建保2年(1214)に遡ります。性信が下総国横曾根に創立した真言宗の荒れ寺「大楽寺」を念仏道場として再興したことが始まりです。しかし、慶長5年(1600年)の兵火によって焼失し、江戸に移転。その後、何度かの移転を経て、文化3年(1806年)に現在の地に定まります。

●坂東本と国宝

報恩寺の重要な文化財として知られる「坂東本」は、『顕浄土真実教行証文類』の通称で、真宗大谷派が伝持してきた唯一の真蹟本として国宝に指定されています。この書物は、親鸞聖人が残した重要な著作の草稿であり、彼の思想や教えが凝縮されています。現在、この貴重な書は京都国立博物館に保管されています。

●文化財と信仰の継承

報恩寺の境内には、重要な文化財が多く存在しています。特に、江戸時代初期に鋳造された銅鐘は、重さ1.3トンの壮大なもので、現在も美しい音色を響かせています。
また、報恩寺内には、親鸞聖人を敬う「聖徳太子像」も安置されています。この像は南北朝時代のもので、特にその彫刻技術は高く評価されています。

報恩寺(東京都)
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歴史

元は下総国横曾根にあった真言宗の荒れ寺「大楽寺」を性信が念仏道場として再興したのが創まりである。
慶長5年に兵火によって焼失し、寺基を江戸に移す。はじめは外桜田に移し、寛永20年(1643年)に八丁堀へ移転する。明暦3年(1657年)1月18日の明暦の大火により、浅草本願寺東門内の広沢新田に移転する。文化3年(1806年)3月4日の文化の大火により、浅草本願寺とともに焼失する。文化7年(1810年)、上野に寺基を定め現在に至る。
横曾根の跡地は文化3年(1806年)に本堂が再建され、はじめは「聞光寺」と号し、後に坂東報恩寺支坊になり「下総報恩寺」と通称される。
(Wikipediaより)

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報恩寺の基本情報

住所東京都台東区東上野6-13-13
行き方

東京メトロ銀座線稲荷町駅徒歩5分
東京メトロ銀座線田原町駅徒歩9分
つくばエクスプレス浅草駅徒歩9分

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名称報恩寺
読み方ほうおんじ
通称坂東報恩寺
参拝料

なし

御朱印あり

限定御朱印なし
電話番号03-3844-2538
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。

詳細情報

ご本尊阿弥陀如来
山号高龍山
院号謝徳院
宗旨・宗派浄土真宗 真宗大谷派
創建時代建保2年
開山・開基開基 性信
文化財

⚫︎銅鐘(台東区有形文化財)
本鐘が鋳造されたのは、慶安元年(1648)で、当時報恩寺は八丁堀にあった。銘文によると、報恩寺14世住持宣了および檀信徒の講中の発願で作られた。銘文の末尾に記されている鋳造者の「堀山城守藤原清光」は江戸幕府の命で京都から江戸に下った御用釜師堀浄栄の息子浄甫を指す。父子とも当代一流の鋳造師で、浄甫の作品にはこの銅鐘のほか、渋谷区祥雲寺の銅鐘・日光東照宮の銅灯籠・上野東照宮の銅灯籠などが現存している。
本鐘は、昭和18年、重要美術品の認定を受け、平成8年、 台東区有形文化財として、区民文化財台帳に登載され、当寺境内鐘楼に安置される。(台東区教育委員会より)

⚫︎紙本着色善信聖人親鸞伝絵(台東区有形文化財)
報恩寺所蔵の「紙本着色善信聖人親鸞伝絵」は全4巻の絵巻物で、各々縦29cmほど、横9m前後。宗祖親鸞の生涯を詞書と絵で表現したもので、作者は不明ながら室町時代中期から末期の制作です。第3巻冒頭には「横曽根 報恩寺」の墨印が見え、報恩寺の依頼による制作だったことが推定されます。
内容は、親鸞の生涯の中でもとくに転機となった出来事を描き、これを見ることによって親鸞の生涯はもちろん、浄土真宗の教義までをも理解できるように構成されています。
同様の親鸞伝絵は多くの浄土真宗寺院に現存しますが、制作年代が室町時代までさかのぼるものは全国的にも数少なく、本伝絵は貴重な美術資料のひとつです。(台東区教育委員会より)

ご由緒

元は下総国横曾根にあった真言宗の荒れ寺「大楽寺」を性信が念仏道場として再興したのが創まりである。
慶長5年に兵火によって焼失し、寺基を江戸に移す。はじめは外桜田に移し、寛永20年(1643年)に八丁堀へ移転する。明暦3年(1657年)1月18日の明暦の大火により、浅草本願寺東門内の広沢新田に移転する。文化3年(1806年)3月4日の文化の大火により、浅草本願寺とともに焼失する。文化7年(1810年)、上野に寺基を定め現在に至る。
横曾根の跡地は文化3年(1806年)に本堂が再建され、はじめは「聞光寺」と号し、後に坂東報恩寺支坊になり「下総報恩寺」と通称される。
(Wikipediaより)

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