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城下稲荷神社(舞木城址)について
藤原秀郷の生誕地と伝わる舞木城跡の横に建つ小さな稲荷神社
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この舞木または隣接する赤岩は、藤原秀郷の生誕地であるとの伝承もありまして、この舞木城がその生誕地、あるいは秀郷公が築城した城と伝わっております🏯
舞木長良神社と密接に関係する重要地ですが、単なる城跡じゃホトカミに登録できんな😣と考え、当初は長良神社と一緒に取り上げようと考えてました。
ところが!
ストリートビューで城跡周辺を見てたら・・・あ💡なんか城跡の横に祠がある😍💕
単なる屋敷神かも🏠️💧との不安もあったものの、横の民家には背を向けてるし、そこそこの大きさの鳥居もあるので公共神社だろうと判断。
しかし当初は祭神も社名もわからず、とりあえず「舞木城跡の祠」とでも付けとくか💨と考えてたのですが、ひょんなことから「城下稲荷神社」という固有名があり、簡単ながら「上野国神社明細帳」にも記載されてる神社だと知り、もう嬉々として新規登録しました🎶✏️www
藤原秀郷といえば近江の「三上山のムカデ退治」の伝説が有名ですが、この群馬・栃木では「赤城山のムカデ退治」という伝説も各地に伝わっております。
これは日光二荒山の神と赤城山の神が、お互いの眷属である蛇🐍とムカデ🐛を繰り出して、戦場ヶ原で戦ったという「神戦憚」という伝説がありまして、二荒神に加勢して勝利に導いた「猿丸太夫」という人物が秀郷公に結び付けられたものらしい。
そのため「舞木の人は赤城山に登ってはいけない」というタブーがあるそうです⛰️
将門公を祀る神田明神の氏子は成田山新勝寺に詣でてはいけないというタブーがありますが、秀郷公の方にも同じようなタブーがあるのは興味深いw
ちなみに赤城神と二荒神が争った原因は、山に水のない赤城神が日光の中禅寺湖を欲しがり、配下の鬼もしくは巨人に命じてその一部を盗ませたのが赤城山上の大沼・小沼⛰️
戦いに敗れた赤城神が傷を癒したのが、赤城山北麓にある老神温泉などとも云われております♨️
もちろん歴史上の人物のご多分に漏れず、生誕地や終焉の地と伝えられてる所はあちこちありますが・・・😅
やはり地元民としては、秀郷公は近場の舞木か赤岩で生まれたのだと信じたい❗
慈覚大師円仁だって三毳山で生まれたし、木曽義高は佐野に落ち延びたし、常盤御前は葛生の山奥で亡くなったし、小野小町だって小野寺で亡くなったのだ‼️ 異論は認めん😤www

舞木城跡
遺構は残っておらず公園内に石碑が建つのみ💧
左端にちょこっと写ってるのが城下稲荷神社

何気に館林の尾曳稲荷神社とも関わりのある霊跡でもある🦊
もしかしたら城下稲荷も尾曳稲荷からの分霊かも?
写真







城下稲荷神社(舞木城址)の情報
| 住所 | 群馬県邑楽郡千代田町舞木49 |
|---|---|
| 行き方 |
城下稲荷神社(舞木城址)の基本情報
| 名称 | 城下稲荷神社(舞木城址) |
|---|---|
| 読み方 | じょうかいなりじんじゃ |
詳細情報
| ご祭神 | 《主》稲荷神 |
|---|---|
| 創建時代 | 不詳 |
| 創始者 | 不詳 |
| ご由緒 | 藤原秀郷公の生誕地と伝わる舞木城跡の横に建つ小さな稲荷神社。
|
| ご利益 | |
| 体験 |
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