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「合祀を拒んだ石打の神々」八社目
松本古墳群の一番北にある、一際大きい松本3号墳上に建つ神社です。
古墳の規模に比例してかこの神社もやや特殊で、他の石打の神社の祭神が一柱か二柱なのに対して、ここだけはなんと八柱の神が祀られています⁉️
祀られているのは、記紀神話の天照大御神と須佐之男命の誓約(うけい)で生まれた八柱の神々。
実はこの八柱の神が揃って祀られている神社というのも、この辺りでは非常に珍しい😳
せいぜい弁天様として狭依姫命こと市杵島姫命が祀られているか、熊野神社の祭神の一柱として熊野久須毘命が祀られている程度ですからね。
残念ながらここも創建年代・由緒等は不明で、この八王子がどこから勧請されたものなのかはわからず😖💫
南北朝~戦国時代に掛けてはここから南に石打城が築かれており、この3号墳は物見だったとのこと。
方向的には城の北東寄りにあるので、もしかしたら鬼門封じで八王子神社が建てられたのかもしれません👹
(一応、城関連の資料も見てみたのですが、単に「物見」という以外の記述は見当たらなかった💫 Web上に情報がないだけかもしれんけど💨)
神社としても重視されてるようで、ここは石打と中耕地という地区がそれぞれ祭祀を行っているとのこと。
(中耕地については不明💫 さすがに小字レベルになると地元民以外では調査困難😖 ただ「秋妻中耕地」という資料が出てきたので、この日最初に行った霊験あらたかな延命地蔵様の辺りかも知れません)
由緒に載せたとおり、両地区の祭礼日は半年ズレており、決して合同でやろうとしないところに石打の神社信仰の特色が見えて興味深いw

南の光明寺から見た八王子神社のある松本3号墳
周囲60mの円墳ですが、もともとは左にある4号墳と繋がった前方後円墳だったのではないかという説もあるそうです。

南北朝時代から戦国時代に掛けてあったという石打城
八王子神社のある3号墳が城の物見だったとのこと

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