ひらはまはちまんぐう
平濱八幡宮島根県 東松江駅
社務所/9:00~16:30
参拝/24時間
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八幡宮よりも、境内社の武内神社の方が有名になった神社です。島根県を代表する別表神社です。


平濱八幡宮(ひらはま~)は、島根県松江市八幡町にある神社。旧社格は県社で、現在は神社本庁の別表神社。祭神は八幡神として、応神天皇、仲哀天皇、神功皇后を祀る。出雲國神仏霊場第13番。
創建は不詳。平安時代後期の1111年に陰陽寮(おんようりょう)で当社の遷宮の日時を占ったとの記録が石清水文書に見えるため、それ以前の創建。出雲國最古の八幡宮とされる。当地は京都の石清水八幡宮の社領であり、当社は「平濱別宮」と呼ばれ、石清水八幡宮の社家の支流が代々奉斎していた。戦国時代には、亀井氏、尼子氏、毛利氏に寄って社殿が造営され、江戸時代には松江藩主が直轄していた。明治に入り近代社格制度の下、郷社となり、1942年に県社に列格した。
当社は、JR山陰本線・東松江駅の西側1kmの、市街地になっている緩やかな丘陵地の斜面にある。境内東側には幹線道路・国道9号線が通り、境内からは南側の市街地が一望できる。見て廻ることができる境内はそこそこの広さがあるが、境内裏側(西側)には広大な林があり、ここが境内だとすると10ヘクタールはありそう。1km離れた東松江駅も地名は同じ八幡町ということからも、かつての隆盛が伺える。
今回は、旧社格が県社、別表神社ということで参拝することに。参拝時は週末の午後、地元の人々や観光客らしき人々などが訪れていた。
国道9号線から入った駐車場に、東向きに立っている<鳥居>。国道沿いの看板には<平濱八幡宮・武内神社>と社名が2つ併記されていたが、こちらの鳥居の扁額には<武内神社>とある。
鳥居をくぐって階段を上がると、簡素な神門が立っている。突き当りに社殿は見えないけど、、、(^_^;)

創建年代は不詳であるが、天永2年(1111)、陰陽寮で当社の遷宮の日時を占ったという記録があり、それ以前には創建されていたことになる。出雲国最古の八幡宮とされる。この地は京都の石清水八幡宮の社領であり、当社は「平浜別宮」と呼ばれ、石清水八幡宮の社家の支流が奉斎していた。
戦国時代には亀井氏、尼子氏、毛利氏によって社殿が造営された。江戸時代には松江藩主が直轄していた。昭和17年(1942)に県社に列格した。
| 名称 | 平濱八幡宮 |
|---|---|
| 読み方 | ひらはまはちまんぐう |
| 通称 | たけうちさん |
| 参拝時間 | 社務所/9:00~16:30
|
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| 電話番号 | 0852-37-0435 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| ホームページ | http://www.shinbutsu.jp/44.html |
| おみくじ | あり |
| 絵馬 | あり |
| ご祭神 | 応神天皇・仲哀天皇・神功皇后(平濱八幡宮)
武内宿禰命(武内神社) |
|---|---|
| 本殿 | 流造 |
| ご由緒 | 創建年代は不詳であるが、天永2年(1111)、陰陽寮で当社の遷宮の日時を占ったという記録があり、それ以前には創建されていたことになる。出雲国最古の八幡宮とされる。この地は京都の石清水八幡宮の社領であり、当社は「平浜別宮」と呼ばれ、石清水八幡宮の社家の支流が奉斎していた。 戦国時代には亀井氏、尼子氏、毛利氏によって社殿が造営された。江戸時代には松江藩主が直轄していた。昭和17年(1942)に県社に列格した。 |
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