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だいこうみょうじのみささぎ
京都市伏見区桃山町泰長老にある北朝の天皇陵。 南北朝時代の北朝第二代光明天皇、第三代崇光天皇、伏見宮家第二代当主治仁王が被葬されている陵です。後醍醐天皇と対立した足利尊氏と手を組み北朝の初代天皇となった光厳天皇が譲位して即位したのが弟の光明天皇、その後光明天皇が譲位し即位したのが光厳天皇の皇子だった崇光天皇。この頃に譲位していたはずの後醍醐上皇が大和国吉野に逃れ皇位の回復を宣言したことで朝廷が南北に分裂しました。伏見宮治仁王の伏見宮家は後に後花園天皇が即位したことで現在の皇統に繋がっています。 陵はJR桃山駅の近くにあり長い参道の先にありました。
参道
陵
大光明寺陵
光明天皇と崇光天皇と伏見宮治仁王の御陵。
桃山駅から徒歩。駐車場ない。 隣は近畿財務局の宿舎がたくさん建っている。 宮内庁の看板を横に、まっすぐに参道を進むと見えてくる。
光明天皇は北朝第2天皇で、崇光天皇は北朝第3天皇、伏見宮治仁王は伏見宮2代当主で崇光天皇の孫。 南北朝時代はほんとごちゃごちゃしてて全然わからない。が、どなたも不遇な人生送ってますね。 北朝側なので宮内庁管轄ですが、宮内庁の天皇陵一覧には載ってません。
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