ひえじんじゃ
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楽しみ方日枝神社のお参りの記録一覧
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富山市山王町にある日枝神社。
地元の方々に山王さんと慕われる富山の総産土神。佐々成政や歴代富山藩主など富山城主から崇敬され富山の地名の由来とも言われている富山寺さんの鎮守の社だったまさに富山市を代表する寺社の1つです。社殿は今回参拝した富山県の神社の中でも特に大きかったです。拝殿には様々なおみくじが用意されています。また境内にある弁慶石は奥州落ちの途中で弁慶が大岩を転がし義経のための腰掛けにしたと伝わるもので佐々成政が気に入り庭石にしていたとも言われています。御朱印は日枝神社と境内社のもの頂くことができ種類は多いです。私は直書きの日枝神社の御朱印とシール状の麁香神社の御朱印を頂きました。富山旅行最後の参拝も無事に終えて北海道へと帰ります。

隣県の護國神社巡りで富山県の神社参拝に上がりました。
松本から岐阜県平湯ルートです。
①日枝神社
山王さんの名で富山市民に親しまれる富山市一番の大社で、市内の中心部五十三ヶ町が氏子であり、心のよりどころとして広く信仰されているそうです。
朝8時20分にお参りすると、神社の方々がお掃除をされていました。
境内社の麓香神社(あらかじんじゃ)さんからお参りさせて頂きました。干支の石像を毎年一つずつ建てられて来年馬を建てられて12支が完成するようです。
拝殿は朱色を交えた綺麗で大きな拝殿でした。
日枝神社について
残念ながら、戦時中の混乱や焼失により、御神宝や文献はほとんど残っておりません。現存する記録によりますと創建された時期は不詳ですが、遅くとも建武2年(1335年)には文献に登場します。その頃は、越中国(今の富山県全域)新川郡針原大野に鎮座し、広壮な社殿・社地を備えたと言い伝えられております。その後各地を遷座され、現在の場所に御鎮座されました。
歴代富山藩主にも篤く敬され、富山城下の産土神としておまつりされて参りました。
明治8年には天照皇大御神をおまつりした北神明社、豊受大御神をおまつりした中神明社を日枝神社の相殿の神として合祀しました。
明治32年には県社、昭和43年には神社本庁 別表神社となりました。
【主祭神}
大山咋神(おおやまくいのかみ)
大山昨神は五穀豊穣の神、工事安全の神、醸造(酒造り)の神として信仰されています。
大己貴神(おおなむちのかみ)
大己貴神は大国主神の別称で、「おおなむちのかみ」とは多くの名前を持った貴い神という意味です。国土を開拓し今の日本を作られた神様として信仰されています。
【相殿神}
天照皇大御神
(あまてらすすめおおみかみ)
天照皇大御神は太陽のように多くの恵みをあたえてくださる神です。伊勢の神宮の、内宮(ないくう)のご祭神でもあります。
豊受大御神
(とようけのおおみかみ)
豊受大御神は衣服、食物、住居をつかさどる神です。伊勢の神宮の、外宮(げくう)のご祭神でもあります。

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