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東京都三鷹市下連雀に鎮座する八幡大神社。JR中央本線三鷹駅から徒歩でおよそ15分、同駅からバスに乗れば6分ほどで到着できる場所にある。森鷗外や太宰治といった文豪が眠る黄檗宗霊泉山・禅林寺のすぐ隣という立地も印象的で、歴史と文学の香りを感じさせる神社である。
この日の行程はやや変則的だった。午前中から府中の東京競馬場へ向かい、有馬記念購入。世間の注目を集めた大本命馬がその期待通りに優勝。続けて足を運んだのは多摩川ボート。こちらは門外漢。
その後は、無料バスに揺られて府中本町駅まで。そこからさらに回り道をしながら、こちらの八幡大神社にさしかかった。決して交通費が尽きた訳ではない、悪しからず。
到着したのは、すでに陽がとっくに落ちてしまった遅い時間帯。境内への入口は暗く、人通りも少なくなっていて場所を見つけるのにひと苦労した。三鷹通り沿いを行き来し、ようやく内部に通じる小道を発見。灯りの少ない参道を進むと、境内はどうやら三鷹通りに沿って縦に長く広がっているようである。しかし、残念ながら拝殿の前まで辿り着くことはできなかった。門は柵で閉ざされていた。この日は遠くから手を合わせる形の参拝となった。
後日調べたところによれば、『三鷹市史』(三鷹市史編さん委員会編、1970)にこの神社の記録が残されている。御祭神は応神天皇で、創建は寛文4年(1664年)。その由来は明暦3年(1657年)の「明暦の大火」にまで遡る。当時、神田連雀町の人々は火災で住居を失い、この三鷹の地へ移住を余儀なくされた。その新しい生活の中で鎮守として祀られたのが、この八幡大神社の始まりであるという。ちなみに神田連雀町とは、現在の神田郵便局や老舗の蕎麦屋「かんだやぶそば」がある界隈にあたる。大火と移住、そして新天地での信仰――歴史の背景を知ると、ひとつの神社がもつ重みがさらに深く感じられる。
今回は残念ながら拝殿に至ることはできなかったが、その分、暗闇の境内で感じた静けさは印象的だった。華やかな競馬場やボートレース場の喧騒を経て辿り着いた場所として、八幡大神社はまるで異世界のような落ち着きを与えてくれた。次に訪れるときは、日中の明るい時間帯に改めて参拝し、社殿を前にしてしっかりと手を合わせたい。
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東京都三鷹市に鎮座する神社で、別名、三鷹八幡大神社とも呼ばれる。
明暦3年(1657)明暦の大火で罹災し、神田連雀町から入植した人々の鎮守として、寛文4年(1664)に創建された。
のち明治6年(1873)神仏分離によって独立。
境内には昔、村の若者達が力を競ったという「力石」が奉納されており、その後方には文政3年に作られた石灯籠がある。二番目の鳥居をくぐると真新しい楼門が正面に見え、左手には三鷹市の天然記念物に指定されているご神木の大きなシイの木(スダジイ)がある。
また、例祭に渡御する2基の神輿のうち、二之宮神輿の屋根の鳳凰の目が、1994年版のギネスブックに日本一のダイヤモンドとして掲載された。

禅林寺の隣にあります。
通りから見ると、一の鳥居から拝殿まで一直線に一望出来ます。
二の鳥居をくぐると、右側に社務所があるのですが、人の気配を
感じませんでした。
門の周りには「太鼓倉」や、門の左右に「神輿倉」があり、門も含めて
新しく建てたようです。参道も石畳で歩き易い!!
【左右の狛犬も新しいです】
拝殿も新しいく、屋根が銅板【?】で葺かれているようで重厚な印象です。
コロナ撲滅と自身の健康をお願いし、ガランガランと鈴を鳴らしました。
こちらでも、御朱印は頂けませんでしたが、この書き込みをする前に、
他の方の、こちらの投稿を見ると「1日・15日」しか御朱印が頂け無いとか…
先の禅林寺と併せて、改めてお参りさせて頂きたいと思います。


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