はたきじんじゃ
波多岐神社三重県 佐那具駅
参拝/24時間
御朱印 | |||
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限定 | - | ||
御朱印帳 | - | ありません | |
駐車場 | あり |
🌼波多岐神社(はたきじんじゃ)⛩️に参拝させて頂きました🙏 🌸当神社は伊賀市の中央を横断するJR関西本線の、佐那具駅西側に鎮座する社で背後は400m超の山や伊賀国一ノ宮の敢國神社の御神体山である「南宮山」と正対します。🍁当社は伊賀国三ノ宮と称され、一ノ宮は敢國神社、二ノ宮は小宮神社(記事消失したようです)または須智荒木神社とも云われています。☘️当地はかつて「府中村」と称されたらしく、伊賀国府推定地で創建由緒等は伝わっていないようです。🌺「三重県神社誌」は古老伝として、「旗木」のように真っ直ぐで屈曲しない樫木が林立していた、その「旗木」が「波多伎」となったと云われいます。🌺ご祭神は大鷦鷯命(第16代仁徳天皇)で、白馬に乗った天皇像を御神体としているようですが、祀られる由緒はまったく不明です。🌼「和名抄」は当地を「阿拜郡服部国府」と記して、服部半蔵など伊賀者の忍者として知られ「服部」のルーツは機織ではないかという説もあります。🍁社名の「波多」と地名の「服部」、これはもう秦氏を連想せずにはいられませんが個人的にはその秦氏が奉斎した社である可能性も考えられてあます。☘️境内社 宇都可神社は論社であるもののこちらも式内社で波多岐神社ご本殿の右脇殿(向かって左脇)として鎮座します。🌸かつては背後の山中に鎮座していたようですが、参拝の便が悪いため江戸時代に当社境内に遷されたとのことでかなり難峻な地にあったとのこと(詳細地不明)。🌺これについて「三重県神社誌」は、安政六年(1859年)の地震により当社の近くまで崩れ落ちて来たとしています。☘️六年には大地震の記録は無く、これは長年に渡り群発した「安政の大地震」の余震によるものかと思われます。
👣所在地 : 三重県伊賀市土橋752
🌷「味のお福/定食屋」 🌸奈良県と三重県の県境。名阪国道(国道25号線)奈良行きにある「伊賀上野パーキングエリア」内に、トラックの運転手御用達『味のお福』さんがあります。サービスエリアの寂れ感からお店なんて無いと思ってしまう雰囲気…でもオープンの12時前は開店待ちのお客さんで行列ができるほど人気です。入り口は数箇所あって迷ってしまうけど、左側から入るのが正規ルートかな。間違ってもスタッフのおばちゃんが案内してくれるので大丈夫です❗️ 本日オーダーは伊賀名物の「どて焼定食 中ごはん」です。伊賀名物でどて焼きってあまり聞かないですが、ほぼ100%のお客さんがこれを注文して"凄く煮込んだ濃いめのおでんスジ肉"って表現した方がいいかも。どて焼きは濃厚味噌で煮込まれた重めな印象がありますがここのは少し違います。コクと深みとスジ肉の旨味がしつこ過ぎずご飯にめちゃ合う!中ごはんは山盛りだけど余裕で完食ですね。ピリッと一味がまた合うのよ。たっぷり豚汁も付いてくる👣ので、がっつり白飯を食べたいと思ったらここオススメです❗️ ご馳走様でした🙏🌷
どてうどん 「味のお福/定食屋」
御朱印 波多岐神社(はたきじんじゃ)⛩️
波多岐神社(はたきじんじゃ)⛩️
波多岐神社(はたきじんじゃ)⛩️
波多岐神社(はたきじんじゃ)⛩️
波多岐神社(はたきじんじゃ)⛩️
「味のお福/定食屋」 奈良県と三重県の県境。名阪国道(国道25号線)奈良行きにある「伊賀上野パーキングエリア」内に、トラックの運転手御用達『味のお福』さんがあります
ホルモン「味のお福/定食屋」
「どて焼定食(中めし)」 「味のお福/定食屋」
創始不明だが、延喜式小社として10世紀初頭にはすでに鎮座されていたようです。
伊賀国の三之宮で、一説には境内に伸びた木を旗竿として朝廷に献上したことから“ハタキ”神社となったと伝わる。
一の鳥居
土俵
拝殿
拝殿
社務所
神宮遥拝標
神仏習合の名残でしょうか
鐘楼もありました
【伊賀国 式内社巡り】
波多岐神社(はたき~)は、三重県伊賀市土橋にある神社。式内社で、伊賀国三之宮。旧社格は郷社。祭神は大鷦鷯尊(おおさざき:仁徳天皇)。なお、境内社の「宇都可神社」も式内社。
創建は不詳。祭神の由来も不詳。『式内社調査報告』によると、往古、境内に樫の木があり、これを朝廷に献上して旗木(はたき:旗竿)にしたとの記載がある。平安時代の927年に編纂された『延喜式神名帳』に記載のある「伊賀國 阿拝郡 波太伎神社 小」に比定されている。明治時代に村社に列し、その後郷社に昇格した。さらにその後近隣の宇都可神社と府中神社を境内に遷座したが、その宇都可神社は、『延喜式神名帳』に記載のある「伊賀國 阿拝郡 宇都可神社」に比定されている。
当社は、JR関西本線・佐那具駅の西南西2km弱、JR線路の北側の、耕作地に浮かぶ小山の縁にある。境内南端入口から階段を登ると小高い境内に登ると、旧郷社相当の広場のような境内に出る。境内の外周が社務所や参集殿などの建物で囲まれていること、広場の中央、拝殿前になぜか相撲の土俵があることと、拝殿が開放的な造りになっていることが特徴的で印象に残る。
今回は、伊賀国三之宮、式内社であることから参拝することに。参拝時は週末の午前中、自分以外には参拝者はいなかった。
境内入口の南方にある<一の鳥居>。後ろの森が境内地。
境内南端入口にある<二の鳥居>と<社号標>。社号標は2本立っており、ひとつには「式内郷社 波多岐神社」とあり、もうひとつには「國史見在 延喜式内 宇都可神社」と刻まれている。
階段を上がったところにある<三の鳥居>。
階段を登り切ったところの左手には、<鐘楼>と明治34年再建と刻まれた古い<社号標>がある。
階段を登り切ったところの右手に<手水舎>。手水盤には「三之宮」と誇らしげに深く彫り込まれている。
階段を登り切ったところから見た境内全景。敷地の外周にはずらっと建物が建ち並んでいる。社務所、参集殿、他の建物は何でしょう? (^_^;)
手水舎近くにある<社務所>。新しそうで立派だが無人。。。
当社で一番気になるポイントは、境内中央付近、拝殿前にある<土俵>。当地では相撲が相当人気があったのかしら。。。
<拝殿>全景。建物の中央部が奥に向かって吹き抜けになった独特な造り。
<拝殿>正面。力強い注連縄の鳥居。この建物は、中央部だけでなく、両側も壁や窓がない、フルオープンスタイル。
賽銭箱の脇の机の上に、書置きの御朱印が置かれている。
拝殿前左側の<狛犬>。相当古そうで、かなり原型が崩れている。
拝殿前右側の<狛犬>。左右両狛犬の台座には、ともに「排酒記念」の文字。江戸時代・元禄期以降の禁酒令の時期の奉納品かしら。
<拝殿>内部。無彩色で質素な見た目だが、よく見るときれいで新しそう。1枚ごとに木目の方向を違えた、市松模様風の天井が美しい。(o^―^o)
拝殿奥に見える<本殿>。旧伊賀国では、拝殿から直接本殿が見える形式が多いのかしら。
本殿の右手に、本殿に向かって立つ境内社。面白い配置。
拝殿右側から見た境内全景。境内中央の土俵も印象的だが、奥にずらっと並ぶ建物も壮観。
拝殿の左側に立つ巨木。根上がりがすごい。
本殿の左手に立つ建物。かつての宝物庫かな。
境内西側入口の鳥居から見た境内全景。建物がずらっと並ぶのが印象的だが、かつてはここに何百人もの人が集まったのかな。(^▽^)/
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