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楽しみ方染井稲荷神社のお参りの記録一覧
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【東京•埼玉南北線 ②】
2社目は駒込妙義神社様から徒歩で6分程の所にある染井稲荷神社様へ初めてお参りに行きました😊
【染井稲荷神社】
鎮座の由緒年代は不明であるが、社伝では霊元天皇の御宇、1674年(延宝2)年以前の創建と伝えられている。
往古より当地に鎮座し、染井一村の鎮守であったことが「江戸名所図会」や「新編武蔵風土記稿」などに記されている。
現在も隣接する藤林山西福寺が別当寺で、江戸時代には西福寺の本堂と渡り廊下で繋げられていたという。
また、かつて当社境内に「染井」と呼ばれた泉があり、これが地名の由来となったといわれている。
1773年(安永2)年に編纂された「江戸図説」では、既にこの泉が涸れ、跡が残るだけの様子を伝えている。
御神体は、のちに江戸有数の種苗商となった伊藤伊兵衛が1674年(延宝2)年2月に奉納した十一面観音石像である。
付近には大名屋敷が多く、造園を行う植木屋が多数集まったことから苗樹園が連なり、歴代将軍が遊覧に訪れる名所となる。
この造園師達によって幕末から明治初期にかけ生産されはじめたのが桜「染井吉野(ソメイヨシノ)」で、明治以後全国に広まった。
社殿は1931年(昭和6)年に改築が行われているが、関東大震災や戦火にも社殿は被災しておらず、火防の神としても崇敬が篤い。
1973年(昭和48)年に本殿•覆屋•幣殿を造営、社務所ならびに神輿庫を再建している。



江戸時代にはお隣の西福寺が別当寺でした。
新編武蔵風土記稿によれば『稲荷社神体石像なり』とあり、ご神体が十一面観音石像でその裏に記された内容から神社が300年近く経っている古社であることがわかるといいます。
また、神社が鎮座する"染井"という名のおこりはいくつか説がありますが、染井稲荷神社の項によると『昔ここに染井となづくる泉ありしが、今は水涸れてその跡を失う。村を染井と云うもこの泉によるとぞ』とあり、昔あった染井という名の泉に由来するとのことです。
妙義神社さま同様、こちらもこの日は例祭日でしたが、お神輿は神輿庫にあり境内や付近に人の気配を感じなかったので、すでに終わったあとだったのかな?と思い、御朱印もまたの機会にして神社をあとにしました。
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