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楽しみ方勧学院のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年06月19日(金) 18時49分32秒
参拝:2026年5月吉日
次にお参りに向かったのは寳壽寺様のお向かいの
勧学院様です。
勧学院様のルーツは藤原冬嗣が平安初期の821年に
京都に創設した藤原氏の子弟のための教育機関です。
鎌倉時代には幸尊僧正により三井寺の境内へと移され
仏教の最高学問所でありエリート研究機関へと
発展したそうです。
その後に豊臣秀吉によって一度は廃寺の危機に
追い込まれた三井寺様ですが その窮地を救ったのが
毛利輝元でした。現在の客殿は輝元が自ら指揮を執って再建したものです。桃山時代初期の素晴らしい書院造の遺構として国宝にも指定されています。
「勧学院の雀は蒙求を囀る」
これは優れた環境にいれば自然と学びが身につく
という意味の諺で語源となったのが勧学院様です。
毎日毎日 日に幾度も学生達が蒙求(教科書)を
唱和する声が院内に響き渡っていた為に庭の雀まで
それを口ずさむようになったとされています。
客殿の襖絵には狩野光信によってこの雀たちの姿が
可愛らしく描かれているそうです。
色々と調べている内に蒙求を囀ずる雀が描かれた
襖絵をメチャ見たくなりました。
また参拝の機会を得られた時には是非!!
と思っています(´▽`)
勧学院様です。
勧学院様のルーツは藤原冬嗣が平安初期の821年に
京都に創設した藤原氏の子弟のための教育機関です。
鎌倉時代には幸尊僧正により三井寺の境内へと移され
仏教の最高学問所でありエリート研究機関へと
発展したそうです。
その後に豊臣秀吉によって一度は廃寺の危機に
追い込まれた三井寺様ですが その窮地を救ったのが
毛利輝元でした。現在の客殿は輝元が自ら指揮を執って再建したものです。桃山時代初期の素晴らしい書院造の遺構として国宝にも指定されています。
「勧学院の雀は蒙求を囀る」
これは優れた環境にいれば自然と学びが身につく
という意味の諺で語源となったのが勧学院様です。
毎日毎日 日に幾度も学生達が蒙求(教科書)を
唱和する声が院内に響き渡っていた為に庭の雀まで
それを口ずさむようになったとされています。
客殿の襖絵には狩野光信によってこの雀たちの姿が
可愛らしく描かれているそうです。
色々と調べている内に蒙求を囀ずる雀が描かれた
襖絵をメチャ見たくなりました。
また参拝の機会を得られた時には是非!!
と思っています(´▽`)
すてき
投稿者のプロフィール
れん太郎1892投稿
元々は休日に景勝地へドライブが趣味で、神社仏閣もお参りするのが好きでした。 年齢を重ねて夫婦で何か形のあるものを残したいと考えていたところ、細君より御朱印集めを提案され令和六年三月より始めました...もっと読む
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