だいげんじしょうりんいん
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楽しみ方大原寺勝林院のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年02月09日(月) 23時03分53秒
参拝:2026年1月吉日
【魚山大原寺(ぎょざんだいげんじ)勝林院(しょうりんいん)】
本尊:阿弥陀如来
宗派:天台宗
開基:円仁
勝林院は、京都市左京区大原に位置します。835(承和2)年、慈覚大師円仁によって開かれたと伝わります。その後寺は荒廃しましたが、1013(長和2)年に寂源によって復興され、声明を用いた天台宗の念仏修行の道場として勝林院が建立されました。1109(天仁2)年に良忍が来迎院を創建すると、勝林院を本堂とする下院と来迎院を本堂とする上院が成立し、この両院を以て「魚山大原寺」と総称されるようになりました。以来、大原で伝承されてきた声明は「大原流声明」や「魚山声明」と呼ばれ、浄土宗や浄土真宗などの声明の原型となりました。
江戸時代末期には、4坊の子院がありましたが、明治維新後に衰退し、現在、宝泉院・実光院の2院が残っています。
本尊:阿弥陀如来
宗派:天台宗
開基:円仁
勝林院は、京都市左京区大原に位置します。835(承和2)年、慈覚大師円仁によって開かれたと伝わります。その後寺は荒廃しましたが、1013(長和2)年に寂源によって復興され、声明を用いた天台宗の念仏修行の道場として勝林院が建立されました。1109(天仁2)年に良忍が来迎院を創建すると、勝林院を本堂とする下院と来迎院を本堂とする上院が成立し、この両院を以て「魚山大原寺」と総称されるようになりました。以来、大原で伝承されてきた声明は「大原流声明」や「魚山声明」と呼ばれ、浄土宗や浄土真宗などの声明の原型となりました。
江戸時代末期には、4坊の子院がありましたが、明治維新後に衰退し、現在、宝泉院・実光院の2院が残っています。

【本堂】












【鐘楼】
梵鐘は国の重要文化財。
梵鐘は国の重要文化財。

【宝篋印塔】
国の重要文化財。
国の重要文化財。

【本堂から振り返って見る】

【御朱印】
大原問答(おおはらもんどう)は、1186(文治2)年に法然上人が京都・大原の勝林院で、天台宗などの諸宗派の学僧たちと「念仏をすれば誰でも極楽浄土へ往生できる」という浄土教の教えについて論議を行った出来事で、仏教界において浄土教を広く認知させ、法然の名を広く知らしめることになりました。この論議で法然が仏教の教えを説いた際、本尊の阿弥陀如来像が光を放ったことから、本尊は「証拠の阿弥陀」と呼ばれています。
大原問答(おおはらもんどう)は、1186(文治2)年に法然上人が京都・大原の勝林院で、天台宗などの諸宗派の学僧たちと「念仏をすれば誰でも極楽浄土へ往生できる」という浄土教の教えについて論議を行った出来事で、仏教界において浄土教を広く認知させ、法然の名を広く知らしめることになりました。この論議で法然が仏教の教えを説いた際、本尊の阿弥陀如来像が光を放ったことから、本尊は「証拠の阿弥陀」と呼ばれています。
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