みょうでんじ
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楽しみ方妙傳寺のお参りの記録(1回目)
投稿日:2025年08月16日(土) 12時41分11秒
参拝:2025年7月吉日
上依知にある日蓮宗の寺院で、鎌倉幕府により佐渡に追放となった日蓮上人が約1ヶ月あまりをここで過ごしたと伝わっています。
当地は御家人・本間重連の屋敷があったところになります。文永8年(1271)9月13日、重連の弟・直重が藤沢龍の口より日蓮を伴って帰り、観音堂に居住させました。ところがその夜、日蓮が月に向かって読経したところ、明星天子と多くの星が現れ庭の梅の木に懸かって光を放ち、これより先の守護を約束されたといいます。このような伝承から市内にある蓮生寺、妙純寺とともに『星下り寺』とも称されます。
また、川向うの無量光寺で修行をされていた時宗一遍上人が日蓮上人のことを知り、観音堂を訪れて謁見されたといいます。
一遍上人は佐渡に行かれる日蓮上人を心配し「どうぞ、寒さに負けず精進して下さい」と托鉢で得た白い布を日蓮上人に差し上げました。日蓮上人は非常に嬉しく常に離さずお使いになっていたといいます。
妙傳寺と当麻山無量光寺は宗派が違うけれど、今でも親しい付き合いを続け助け合っているといいます。
一遍上人が妙見菩薩(北極星)からお告げを受け、日蓮上人の元に明星(金星)が下りてきて、依知神社には古くから磐筒之男命(一説に流星の神とも)が祀られる…ここ依知の里は星に関する伝承が多くとても興味深い土地だなと思いました。
(参考・参照)
・あつぎ郷土博物館デジタルミュージアム
・若き日の一遍
・相模石仏の詩(歴史と詩情散歩;3)
当地は御家人・本間重連の屋敷があったところになります。文永8年(1271)9月13日、重連の弟・直重が藤沢龍の口より日蓮を伴って帰り、観音堂に居住させました。ところがその夜、日蓮が月に向かって読経したところ、明星天子と多くの星が現れ庭の梅の木に懸かって光を放ち、これより先の守護を約束されたといいます。このような伝承から市内にある蓮生寺、妙純寺とともに『星下り寺』とも称されます。
また、川向うの無量光寺で修行をされていた時宗一遍上人が日蓮上人のことを知り、観音堂を訪れて謁見されたといいます。
一遍上人は佐渡に行かれる日蓮上人を心配し「どうぞ、寒さに負けず精進して下さい」と托鉢で得た白い布を日蓮上人に差し上げました。日蓮上人は非常に嬉しく常に離さずお使いになっていたといいます。
妙傳寺と当麻山無量光寺は宗派が違うけれど、今でも親しい付き合いを続け助け合っているといいます。
一遍上人が妙見菩薩(北極星)からお告げを受け、日蓮上人の元に明星(金星)が下りてきて、依知神社には古くから磐筒之男命(一説に流星の神とも)が祀られる…ここ依知の里は星に関する伝承が多くとても興味深い土地だなと思いました。
(参考・参照)
・あつぎ郷土博物館デジタルミュージアム
・若き日の一遍
・相模石仏の詩(歴史と詩情散歩;3)




左右は駐車場です。


『二天門』
毘沙門天と持国天の二天像を安置。
毘沙門天と持国天の二天像を安置。





『釈迦堂・木像釈迦如来立像』
釈迦堂の建立年代は明らかではないが17世紀後半頃と推定されます。縁起には常陸国加倉井村の妙徳寺日遥上人が再興し、この釈迦如来立像を造ったと記述されています。
釈迦堂の建立年代は明らかではないが17世紀後半頃と推定されます。縁起には常陸国加倉井村の妙徳寺日遥上人が再興し、この釈迦如来立像を造ったと記述されています。

外からだとちょうど御尊顔が拝見できません。


力持ちな狛犬さん💪

本堂


扁額の彫刻が素晴らしい✨️




『星下日蓮大菩薩』



庫裏

『三光堂』

伝承では明星天子、日天子、月天子が降りてきたといいます。日・月・星=三光


『開運弁財天宮』


本堂と繋がっているようです。



『稲荷社』

『鐘楼』
すてき
投稿者のプロフィール

ひなぎく881投稿
幼少期から神社や神話に触れてきました。ご由緒やその土地の歴史、かかわる人々に想いを馳せたり考察をするのが好きです。歴史を調べながら関連する場所を数珠繋ぎに巡っています。 すてきやフォローありがと...もっと読む
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