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楽しみ方天照大神のお参りの記録(1回目)
投稿日:2024年12月22日(日) 19時22分26秒
参拝:2024年12月吉日
横浜市港南区笹下鎮守の天照大神宮は、笹下城の出城である松本城があった場所にご鎮座されています。
笹下は小田原北条氏家臣の間宮氏が治めた地域になります。間宮氏の出身は近江国蒲生郡篠笥郷が発祥で、沙沙貴神社の神官が先祖です。関東に移る際に間宮氏を名乗ったとされ、後裔には間宮林蔵や杉田玄白がいます。
大日孁貴を祀る当社は往古笹下の総社だったといいます。創建は天正以前(1573以前)と推定されていて、明治41年に安房洲神社、八坂神社、若宮八幡社、榛名神社、稲荷神社、杉山神社、御霊神社の計7社を合祀しています。
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私の推し神様である洲崎様(天比理乃咩命)が合祀されていたので参拝しました。館山市立博物館にゆかりの神社として当社が紹介されています。
安房洲神社は、安房の洲崎大明神が飛来した場所に社を建てたという由緒を持っています。
一度荒廃しましたが、天文12年(1543)に領主、間宮信光の夢枕に現れ再建されました。
大坂の陣にて、信光の身代りになって死んだ大蛇の頭骨が宝物として祀られていたといいます。
「あわのす様」として松本村の人々が大切に守ってきましたが、明治に天照大神に合祀され姿を消しました。惜しむ村人達は毎年9月に影祭りを続けていましたが、それも昭和の始めに途絶えたといいます。
洲崎様は航海安全のご利益をもつ神様なのですが、信光公の夢枕に現れた時に「波の音が聞こえない所に祀ってほしい」とお願いするんですよね。海の神なのに波の音が嫌いってどういうこと?ヾ(°∇°*) と思い調べているうちに、この伝承とほぼ同じ伝承が壱岐の住吉神社にもあることがわかりました。
伝承を見つけただけで、どういう意図や意味、つながりがあるのかまではわからなかったんですけど、今後洲崎様を調べるにあたり、住吉大神との関連も視野に入れなきゃいけないかなぁ…🤔
笹下は小田原北条氏家臣の間宮氏が治めた地域になります。間宮氏の出身は近江国蒲生郡篠笥郷が発祥で、沙沙貴神社の神官が先祖です。関東に移る際に間宮氏を名乗ったとされ、後裔には間宮林蔵や杉田玄白がいます。
大日孁貴を祀る当社は往古笹下の総社だったといいます。創建は天正以前(1573以前)と推定されていて、明治41年に安房洲神社、八坂神社、若宮八幡社、榛名神社、稲荷神社、杉山神社、御霊神社の計7社を合祀しています。
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私の推し神様である洲崎様(天比理乃咩命)が合祀されていたので参拝しました。館山市立博物館にゆかりの神社として当社が紹介されています。
安房洲神社は、安房の洲崎大明神が飛来した場所に社を建てたという由緒を持っています。
一度荒廃しましたが、天文12年(1543)に領主、間宮信光の夢枕に現れ再建されました。
大坂の陣にて、信光の身代りになって死んだ大蛇の頭骨が宝物として祀られていたといいます。
「あわのす様」として松本村の人々が大切に守ってきましたが、明治に天照大神に合祀され姿を消しました。惜しむ村人達は毎年9月に影祭りを続けていましたが、それも昭和の始めに途絶えたといいます。
洲崎様は航海安全のご利益をもつ神様なのですが、信光公の夢枕に現れた時に「波の音が聞こえない所に祀ってほしい」とお願いするんですよね。海の神なのに波の音が嫌いってどういうこと?ヾ(°∇°*) と思い調べているうちに、この伝承とほぼ同じ伝承が壱岐の住吉神社にもあることがわかりました。
伝承を見つけただけで、どういう意図や意味、つながりがあるのかまではわからなかったんですけど、今後洲崎様を調べるにあたり、住吉大神との関連も視野に入れなきゃいけないかなぁ…🤔
すてき
投稿者のプロフィール

ひなぎく882投稿
幼少期から神社や神話に触れてきました。ご由緒やその土地の歴史、かかわる人々に想いを馳せたり考察をするのが好きです。歴史を調べながら関連する場所を数珠繋ぎに巡っています。 すてきやフォローありがと...もっと読む
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