すずかみょうじんしゃ
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方鈴鹿明神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2020年12月27日(日) 00時11分27秒
参拝:2020年12月吉日
鈴鹿明神社は、遠く第二十九代欽明天皇の御代に創祀せられたという。伝説によると、伊勢の鈴鹿郷の神社例祭に神輿が海上を渡御した折、にわかの暴風に襲われ、漂流して相模国入海の東峯に漂着した。里人が社を創立してこれを鎮守とし、鈴鹿大明神と崇め奉ったと伝えている。また天平年間にこの地は鈴鹿王の所領で土甘郷と言った(正倉院文書)ところから、時人が王の御名を冠して鈴鹿の字名が発祥したとも推察される。
鈴鹿明神社は、往古、東南西方平坦な水田で、その中央一丈余りの高所に、はるばる大洋を望むかの如く鎮座していた。境内は船の形をし、数十の樫の古木が繁茂し、参道中央に銀杏の大木があって、さながら船の帆の様であった。その遠景を人は「船形の森」「樫の森」と呼んで親しんだが、今はその銀杏もなく、地形も変動して面影はない。しかし神社の地形が前方後円墳にも似るところから、昭和三十九年に社殿の東側草地を発掘したところ、千五百年以前の地下式住居跡(約七坪)が発見され、また境内の樫の古木は最大のもので樹令九百年といわれ、座間市原始林の一部であるところから、古代の祭祀遺跡が埋蔵されている事も想起される
鈴鹿明神社は、往古、東南西方平坦な水田で、その中央一丈余りの高所に、はるばる大洋を望むかの如く鎮座していた。境内は船の形をし、数十の樫の古木が繁茂し、参道中央に銀杏の大木があって、さながら船の帆の様であった。その遠景を人は「船形の森」「樫の森」と呼んで親しんだが、今はその銀杏もなく、地形も変動して面影はない。しかし神社の地形が前方後円墳にも似るところから、昭和三十九年に社殿の東側草地を発掘したところ、千五百年以前の地下式住居跡(約七坪)が発見され、また境内の樫の古木は最大のもので樹令九百年といわれ、座間市原始林の一部であるところから、古代の祭祀遺跡が埋蔵されている事も想起される
すてき
投稿者のプロフィール

のぶさん1661投稿
初めての御朱印は平成30年12月 奈良県の東大寺。 妻の一周忌が終わり、妻の供養も兼ねて以前から興味のあった御朱印を始めました。 ひとり旅しながら妻の冥福を祈り続けようと思っています。ホトカミ...もっと読む
ホトカミ見ました! で広がるご縁
ホトカミを見てお参りされた際は、もし話す機会があれば神主さんに、「ホトカミ見てお参りしました!」とお伝えください。
神主さんも、ホトカミを通じてお参りされる方がいるんだなぁと、ホトカミ無料公式登録して、情報を発信しようという気持ちになるかもしれませんし、
「ホトカミ見ました!」きっかけで豊かな会話が生まれたら、ホトカミ運営の私たちも嬉しいです。























robin





