おおつかおか
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楽しみ方大塚丘のお参りの記録(1回目)
投稿日:2025年05月06日(火) 01時02分41秒
参拝:2025年5月吉日
景行天皇の40年、西暦110年に日本武尊が東征の途中、大塚丘に立ち寄りました。そこで彼は富士山を見上げ、「北方に美しく広がる裾野を持つ富士は、この地から拝むべきである」と述べました。
その後、景行天皇の50年には祠が建設され、浅間大神と日本武尊が祀られ、これが北口本宮冨士浅間神社の始まりとなりました。
さらに、781年に富士山が噴火し、甲斐国主がこの事象を卜占しました。その結果、788年には大塚丘の北方に浅間神社の社殿が建立されて浅間大神が移され、大塚丘には日本武尊が引き続き祀られることとなりました。
浅間神社の創建の由緒だった大塚丘のお社は、浅間神社から徒歩5分ほど離れたところにひっそりと佇んでいます。浅間神社の大きさ、立派さと比べると、ずいぶん小さい。ほとんど誰も立ち寄らないのでは?
日本武尊がちょっと隅に追いやられているような…何か隠された理由があるのかもしれません。小さいけれど、大変興味深い祠でした。
こちらの御朱印も、北口本宮冨士浅間神社でいただくことができます。
その後、景行天皇の50年には祠が建設され、浅間大神と日本武尊が祀られ、これが北口本宮冨士浅間神社の始まりとなりました。
さらに、781年に富士山が噴火し、甲斐国主がこの事象を卜占しました。その結果、788年には大塚丘の北方に浅間神社の社殿が建立されて浅間大神が移され、大塚丘には日本武尊が引き続き祀られることとなりました。
浅間神社の創建の由緒だった大塚丘のお社は、浅間神社から徒歩5分ほど離れたところにひっそりと佇んでいます。浅間神社の大きさ、立派さと比べると、ずいぶん小さい。ほとんど誰も立ち寄らないのでは?
日本武尊がちょっと隅に追いやられているような…何か隠された理由があるのかもしれません。小さいけれど、大変興味深い祠でした。
こちらの御朱印も、北口本宮冨士浅間神社でいただくことができます。
すてき
投稿者のプロフィール

Leaf143投稿
日本の歴史と文化と自然が融合している神社仏閣。以前は漫然と訪れるだけでしてが、2年前から御朱印を集めるようになり、もう少し体系的に理解を深められるように心がけています。もっと読む
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