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楽しみ方武田廣神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年03月06日(金) 19時11分44秒
参拝:2026年3月吉日
週末ぶらり、山梨神社巡り。
②武田廣神社
何も予定のない週末、Googleマップで見つけた神社を巡る旅の2ヶ所目は日本武尊の御子である武田王をお祀りした武田廣神社です。
武田王はこの地を治め、亡くなった後に「をわに塚」と呼ばれる場所に葬られたと伝えられています。近くに、わに塚の桜という名所があります。もうちょっとしたら、きれいな桜が見られるのでしょう。
館の跡地に霊廟が建てられ、武田王を祭神として祀ったことが神社の始まりとされています。
当初は「廣乃神社」と呼ばれていましたが、いつの頃からか氏子の間で「廣神社」と呼ばれるようになりました。さらに1542年(天文11年)に武田信玄が諏訪大社の諏訪大明神を合祀したことで、「諏訪神社」と呼ばれるよう。その後、平成28年に拝殿の新築と本殿の修復を行った際、氏子の総意により、古くから伝わる名前をもとに神社名を「武田廣神社」とすることになりました。
小さなお社ですが、色々な歴史が詰まっています。静岡県や山梨県は日本武尊に関係した神社が多く、それらを繋げていくと移動した軌跡がリアルに辿れて、とても興味深いです。
②武田廣神社
何も予定のない週末、Googleマップで見つけた神社を巡る旅の2ヶ所目は日本武尊の御子である武田王をお祀りした武田廣神社です。
武田王はこの地を治め、亡くなった後に「をわに塚」と呼ばれる場所に葬られたと伝えられています。近くに、わに塚の桜という名所があります。もうちょっとしたら、きれいな桜が見られるのでしょう。
館の跡地に霊廟が建てられ、武田王を祭神として祀ったことが神社の始まりとされています。
当初は「廣乃神社」と呼ばれていましたが、いつの頃からか氏子の間で「廣神社」と呼ばれるようになりました。さらに1542年(天文11年)に武田信玄が諏訪大社の諏訪大明神を合祀したことで、「諏訪神社」と呼ばれるよう。その後、平成28年に拝殿の新築と本殿の修復を行った際、氏子の総意により、古くから伝わる名前をもとに神社名を「武田廣神社」とすることになりました。
小さなお社ですが、色々な歴史が詰まっています。静岡県や山梨県は日本武尊に関係した神社が多く、それらを繋げていくと移動した軌跡がリアルに辿れて、とても興味深いです。
すてき
投稿者のプロフィール

Leaf167投稿
日本の歴史と文化と自然が融合している神社仏閣。以前は漫然と訪れるだけでしてが、2年前から御朱印を集めるようになり、もう少し体系的に理解を深められるように心がけています。もっと読む
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