うんぽうじ
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雲峰寺ではいただけません
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雲峰寺のお参りの記録(1回目)
投稿日:2022年04月12日(火)
参拝:2022年3月吉日
【甲斐国 古刹巡り】
雲峰寺(うんぽうじ)は、山梨県甲州市塩山上萩原にある臨済宗妙心寺派の寺院。山号は裂石山(さけいしざん)。本尊は十一面観音菩薩(裂石観音)。本堂、庫裏、書院、仁王門は国指定の重要文化財。
寺伝によると、奈良時代の745年、僧・行基が大石が避け一夜にして生えた萩木から本尊の十一面観音を刻んで開山。創建時は真言宗もしくは天台宗の寺院であったが、室町時代には恵林寺の住職・絶海中津が当寺の観音堂改修の浄財勧募を行っており、この頃には臨済宗に改宗していたと考えられている。江戸時代後期の『甲斐国志』によると、戦国期には甲斐国守護・武田氏の拠点、甲府の鬼門にあたるため、武田氏の祈願所になっていた。天門年間(1532年~1555年)には火災に遭うが、紹謹禅師の尽力と武田信虎、晴信(信玄)の支援により復興した。1558年には武田信玄は住職・芳書記室に武運長久祈願を命じた。1582年に武田勝頼が天目山の戦いで敗れた時、武田家の家宝である「日の丸の御旗」、「孫子の旗」、「諏訪神号旗」、「馬標旗」が当寺に持ち込まれ、現在でも寺宝となっている。江戸時代には、徳川幕府から寺領安堵を受けている。
当寺は、JR中央本線・塩山駅の北東8kmの山中にある。人里離れた山の中腹にあるが、県道に面しアクセスは良く、駐車場もある。道沿いの境内南端入口から苔生した石段を百段ほど登ると仁王門があり、その少し上に建物が並ぶ平坦地に出る。国指定の重要文化財の建物のうち、仁王門、本堂、庫裏はしっかり見ることができるが、書院は塀で囲まれた内部にあるためよく見えない。また、武田家家宝の「御旗」を収めた宝物館があり、入場料金も記載されているが、参拝時はひと気がなく閉館してるようだった。
今回は、本堂、庫裏、書院、仁王門が国重文ということで参拝することに。参拝時は休日の午後、自分たち以外には誰も見掛けなかった。
県道に面した境内入口。ただ、看板や山門はないので、車で通ると普通は見逃しそう...(^_^;)
階段の右手にある<手水盤>。当寺についての解説板もある。
県道の反対側には、川が流れている。
境内への階段を登って行く。良い感じに苔が生している。でも、けっこう傷みが激しいかも。
階段が一部歪んでいるのは、階段両側の樹木が大きくなっていっているからかな...(^_^;)
階段の傍らにあった、可愛らしい観音さま。(o^―^o)
階段を登り切ると<仁王門>。室町時代末期の建立。桁行三間、梁間二間、三間一戸八脚門、一重入母屋造、茅葺形銅板葺。国指定の重要文化財。
仁王門の<吽形仁王像>。朱色の褪せ方が良い感じ。(o^―^o)
仁王門の<阿形仁王像>。
仁王門から眼下を見下ろす。杉の木の直線が美しい。
仁王門をくぐり、さらに数段階段を登ると正面に見える<本堂>。
<本堂>は、室町時代末期建立。桁行五間、梁間五間、単層入母屋造、向拝一間、唐破風造、檜皮葺。国指定の重要文化財。
本堂に向かって左側にある<鐘楼堂>。右側には観音像が立っている。
本堂の左手にある<中門>。桃山期から江戸時代初期の建立。一間一戸薬医門、切妻造、檜皮葺。
中門に連なる塀の隙間から、奥を望むと、、、
一般参拝者が直接見ることができない<書院>。<書院>は、江戸時代中期1716年の建立で、桁行八間、梁間五間、一重寄棟造、茅葺。国指定の重要文化財。
本堂の唐破風をじっくり見てみる。彫刻もなかなか良いが、白色に褪せた自然の木目も美しい。
本堂の右側にある<庫裏>。江戸時代前期の建立で、桁行十間、梁間五間、東側面庇付、一重切妻造、妻入、庇葺きおろし、茅葺。国指定の重要文化財。
庫裏に向かって右手にある<宝物館>。武田氏の家宝であった「日の丸の御旗」、「孫子の旗」、「馬標旗」、「諏訪神号旗」などが収められている。拝観料記載の看板はあるが、当日は開いていなかった。
境内の中央、本堂、庫裏の前には、山梨県指定文化財にもなっている桜の老木がたっている。樹勢はいまなお盛んで、美しいらしい。
宝物館の右脇の道を抜けると、当寺駐車場(写真手前)に出る。実は自分の実際の参拝ルートはここから。(^▽^)/
すてき
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惣一郎1269投稿
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