曹洞宗
光照寺のお参りの記録一覧
1510年武田信虎が現在地に移した。
1582年武田氏が滅亡した際に、織田軍に火をかけられたが薬師堂だけ難を逃れて現在に伝わっている。室町時代の建築で重文指定されている。
薬師堂
薬師堂
薬師堂
薬師堂
宝物殿
【甲斐国 古刹巡り】
光照寺(こうしょうじ)は、山梨県甲斐市岩森にある曹洞宗の寺院。山号は朝輝山。本尊は薬師如来。甲斐百八霊場第六十七番。薬師堂は国指定の重要文化財。
創建は不詳。戦国時代の1510年に武田信玄の父・武田信虎が旧地の団子新居(現甲斐市内)から岩森村坊沢に移し庇護したことで寺運が隆盛し、「坊中百軒」と言われるほど多くの堂宇や宿坊があったと伝わる。1582年の織田信長の甲斐侵攻で武田勝頼が守る新府城が落城し、当寺も兵火でそのほとんどが焼失したが、薬師堂だけが奇跡的に残った。その後、江戸時代に現在地に移され、1665年に当時の住職・天開春暁が再興した。
当寺は、JR中央本線・塩崎駅の北西200mの南下がりのゆるやなか斜面にある。不思議なお寺で、南側には参道跡らしきものはあるが公道には通じておらず、畑か宅地のようになっている。また、東側の寺院入口には門や寺号標はなく、本堂も普通の昭和の住宅のような建物なので入口を探し当てるのも困難だった。本堂脇にポツンと建っているのが国重文の薬師堂で、寺院らしくない周囲からは浮いている。本堂北側には直接見えなかったが墓地もあるようなので、全体を見れば寺院と分かるが、造りが非常に変わっている。
今回は、薬師堂が国指定の重要文化財であることから参拝することに。参拝時は休日の午後、参拝者は自分たち以外にはいなかった。
カーナビが示している当寺所在地はここ。堂宇らしきものは見当たらない。
少し敷地に入ってみると、かつての参道らしき通路を発見。燈籠や石碑が見える。
東側の道に廻り込むと、「光照寺入口」と書かれた小さな看板を見付け、少し安堵する...(^_^;)
境内にある唯一の現代的建物。<本堂>か?
本堂の横にある、年季の入った古そうな2つの建物。
こちらがお目当ての「薬師堂」。室町時代後期の建立、桁行三間、梁間三間、一重、宝形造、銅板葺。躯体の色の褪せ方に渋みがあって美しい。
薬師堂の背後の建物。説明板にも説明なし。躯体は古そうだが、こちらは瓦葺。
先ほど南側から見た、途中で途切れている参道はこちら。
振り返って、参道の先に見える景色はこちら。ちょうど薬師堂と本堂の間。道理で、南側の道からは寺院らしい建物が見えないわけだ...(^_^;)
階段そばにある<仏塔>。
階段そばにある<石仏>。
最後にもう一度<薬師堂>。この建物だけが古刹らしい空気を持っている。(^_^;)
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