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一蓮寺ではいただけません
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一蓮寺のお参りの記録(1回目)
投稿日:2022年05月29日(日)
参拝:2022年1月吉日
甲斐百八霊場第53番
宗派は時宗の単立寺院、ご本尊様は阿弥陀如来様。
JR中央本線甲府駅から徒歩30分弱のところに居られます。
遊亀公園に隣接していますね。
元々は甲府城のあたりで創建されたそうで
元々、甲斐源氏一条忠頼(武田太郎信義の息子)の館があった場所で、
忠頼誅殺後に未亡人が菩提を弔うために館を時宗に寄進し尼寺としたそうです。
その後、一条氏を継いだ時信は甲斐国を巡廻していた時宗二世真教上人に帰依し
120年続いた尼寺を男僧寺として時宗教団の一蓮寺として発足されたそうです。
信虎の時代に甲府開創を行ったのは、その前提として一蓮寺門前町の発展による経済や交通の発展があったからと推測されています。
信虎時代の砦の建設にあたり、一条小山から麓に移転し
更に秀吉の時代に甲府城築城により今の場所に移転したそうです。
広々とした境内は、さすがに1月だと寒々しい雰囲気でしたけど
雲の少ない晴天で空は澄み渡っており、寒いながらも清々しい気持ちになりました。
御朱印は本堂の右側奥のほうにいくと
宗派は時宗の単立寺院、ご本尊様は阿弥陀如来様。
JR中央本線甲府駅から徒歩30分弱のところに居られます。
遊亀公園に隣接していますね。
元々は甲府城のあたりで創建されたそうで
元々、甲斐源氏一条忠頼(武田太郎信義の息子)の館があった場所で、
忠頼誅殺後に未亡人が菩提を弔うために館を時宗に寄進し尼寺としたそうです。
その後、一条氏を継いだ時信は甲斐国を巡廻していた時宗二世真教上人に帰依し
120年続いた尼寺を男僧寺として時宗教団の一蓮寺として発足されたそうです。
信虎の時代に甲府開創を行ったのは、その前提として一蓮寺門前町の発展による経済や交通の発展があったからと推測されています。
信虎時代の砦の建設にあたり、一条小山から麓に移転し
更に秀吉の時代に甲府城築城により今の場所に移転したそうです。
広々とした境内は、さすがに1月だと寒々しい雰囲気でしたけど
雲の少ない晴天で空は澄み渡っており、寒いながらも清々しい気持ちになりました。
御朱印は本堂の右側奥のほうにいくと
立派なお堂ですね。青空がまた奇麗です。
鐘楼です。
ちょっと引きで。
広々とした空間が広がっています。
額には道場って書かれていますね。
鉢には龍のレリーフが。カッコいいデザインですね。
優しそうで穏やかな表情ですね。
地蔵堂の看板です。
天気も良いとまっすぐな参道も更に気持ちいいですね。
すてき
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たくまん556投稿
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