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とうだいじべついんあみだじ

東大寺別院阿弥陀寺のお参りの記録(1回目)
山口県富海駅

投稿日:2026年03月07日(土) 01時53分36秒
参拝:2026年2月吉日
【華宮山(かぐうざん)阿弥陀寺(あみだじ)】
本尊:阿弥陀如来
宗派:華厳宗・真言宗御室派
開基:重源(ちょうげん)

~『百寺巡礼』五木寛之氏が選んだ百の名刹 第78番~

 阿弥陀寺は、山口県防府市牟礼に位置します。奈良の大仏で有名な東大寺を建てなおす工事の責任者であった重源が、1187(文治3)年、東大寺の周防別所として創建したとされます。
 1180(治承4)年、平清盛の命を受けた平重衡(しげひら)が火を放ち、奈良の都が炎上します。このとき、東大寺は法華堂と二月堂をのぞくほとんどの伽藍を失いました。後白河法皇は東大寺の炎上を悲しみ、翌年すぐに再建プロジェクトを立ちあげました。高野山に住んでいた重源は、東大寺の再興をこころに誓い、山をおりみずから申し出て、東大寺再興の大勧進職(だいかんじんしき)となりました。1185(文治元)年に大仏の修理が完成し、重源はいよいよ大仏殿再建の大事業を手がけることになりました。それに必要な材木を調達するため翌年、周防国へ向かい防府に入ります。このとき重源は66歳でした。東大寺の再建をすべて終えたときは、83歳に達していたといいます。重源は東大寺を再興して後世に遺しましたが、それだけではなく、周防国にもいくつかの寺を遺しており、重源が開いたとされる寺のなかでも阿弥陀寺は、この地域にもっとも大きな影響を与えました。

~『百寺巡礼 第八巻 山陰・山陽』五木寛之(講談社、2005)~
東大寺別院阿弥陀寺(山口県)
【阿弥陀寺】
東大寺別院阿弥陀寺(山口県)
【寺号標】
東大寺別院阿弥陀寺(山口県)
【仁王門】
東大寺別院阿弥陀寺(山口県)
【仁王門 扁額】
東大寺別院阿弥陀寺(山口県)
【仁王 阿形像】
東大寺別院阿弥陀寺(山口県)
【仁王 吽形像】
東大寺別院阿弥陀寺(山口県)
【湯屋】
 茅葺の仁王門をくぐると、そこから上のほうへ自然石で組まれた石段がずっと続きます。その石段をのぼりはじめると、すぐ右手に湯屋の建物がみえました。
~阿弥陀寺という寺自体、信仰の場であると同時に、東大寺再建プロジェクトを推進するための前進基地でもあった。材木運搬の作業現場で働く人びとのためには、湯屋や石風呂が設けられていた。~
東大寺別院阿弥陀寺(山口県)
東大寺別院阿弥陀寺(山口県)
【石風呂】
東大寺別院阿弥陀寺(山口県)
東大寺別院阿弥陀寺(山口県)
【参道】
 右念仏堂、左山門へ。右自然石の石段をのぼりました。
東大寺別院阿弥陀寺(山口県)
東大寺別院阿弥陀寺(山口県)
東大寺別院阿弥陀寺(山口県)
【念仏堂】
東大寺別院阿弥陀寺(山口県)
【鐘楼】
東大寺別院阿弥陀寺(山口県)
【宝篋印塔】
東大寺別院阿弥陀寺(山口県)
【経堂】
東大寺別院阿弥陀寺(山口県)
【弘法大師】
東大寺別院阿弥陀寺(山口県)
【開山堂】
東大寺別院阿弥陀寺(山口県)
東大寺別院阿弥陀寺(山口県)
【開山堂 扁額】
東大寺別院阿弥陀寺(山口県)
【水かけ五大尊】
東大寺別院阿弥陀寺(山口県)
東大寺別院阿弥陀寺(山口県)
【重源上人供養塔】
東大寺別院阿弥陀寺(山口県)
東大寺別院阿弥陀寺(山口県)
【本堂】
東大寺別院阿弥陀寺(山口県)
東大寺別院阿弥陀寺(山口県)
東大寺別院阿弥陀寺(山口県)
【護摩堂】
東大寺別院阿弥陀寺(山口県)
【手水舎】
東大寺別院阿弥陀寺(山口県)
【山門】
東大寺別院阿弥陀寺(山口県)
東大寺別院阿弥陀寺(山口県)
東大寺別院阿弥陀寺(山口県)
【美東(みとう)ごぼうポテトチップ】
 美東SAオリジナルのポテトチップ。奈良の大仏の銅は美東町にある長登銅山(ながのぼりどうざん)から調達されました。美東は奈良の大仏様のふる里と呼ばれています。お土産に買って帰りました。
東大寺別院阿弥陀寺の御朱印
【御朱印】

すてき

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