とうけいじんじゃ
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闘鶏神社ではいただけません
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闘鶏神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2022年07月05日(火)
参拝:2022年5月吉日
紀州田辺の闘鶏神社にお参りしました
熊野権現をはじめ熊野三山の全ての神が勧請され、熊野の別宮的な存在となっています
社務所で御朱印をいただく際に、美味しい紀州梅を一粒くださいました
熊野権現をはじめ熊野三山の全ての神が勧請され、熊野の別宮的な存在となっています
社務所で御朱印をいただく際に、美味しい紀州梅を一粒くださいました
神社の入り口、大きな鳥居と社柱
鳥居の扁額は「闘鶏神社」
手水舎
拝殿、後ろの森は仮庵山
拝殿
拝殿には注連縄が掛けられています
拝殿の左手にある絵馬かけと西殿
絵馬は、安産祈願の猫と、丸型の鶏、一般的な形のものが掛かっています
絵馬は、安産祈願の猫と、丸型の鶏、一般的な形のものが掛かっています
社殿が、西殿、本殿、上殿、中殿、下殿、八百萬殿の順に並んでいます
本殿は外装工事中のようでした
本殿は外装工事中のようでした
鬪雞の像
鬪雞神社の名は、源平合戦の折に両軍から援軍を要請された熊野別当・湛増が、赤を平氏、白を源氏に見立てた紅白7羽の鶏を闘わせ神意を占ったことに由来するそうです
鬪雞神社の名は、源平合戦の折に両軍から援軍を要請された熊野別当・湛増が、赤を平氏、白を源氏に見立てた紅白7羽の鶏を闘わせ神意を占ったことに由来するそうです
鬪雞を行う湛増と弁慶像の像
白の鶏(源氏)が勝利し、湛増は源氏の加勢として熊野水軍200隻を率い出陣したのだそう
湛増は武蔵坊弁慶の父と伝えられ、田辺市内にはあちこちに弁慶に関わる史跡が残っています
白の鶏(源氏)が勝利し、湛増は源氏の加勢として熊野水軍200隻を率い出陣したのだそう
湛増は武蔵坊弁慶の父と伝えられ、田辺市内にはあちこちに弁慶に関わる史跡が残っています
源平合戦における鬪雞と熊野水軍のお話
弁慶社
十日戎神社
鶏姫弁財天社
御神木の大楠
藤巌神社
江戸時代に田辺を治め街の基礎を作った安藤直次公が祀られています
江戸時代に田辺を治め街の基礎を作った安藤直次公が祀られています
藤巌神社の近景
境内の外の公園にも大きな楠がありました
すてき
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