御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方編集詳細
2026年01月12日(月) 16時38分 byInsidious
編集後
社伝に長禄2(1458)年、大職冠藤原鎌足公の嫡子伊美麿から二十五代の裔、神祇大副卜部兼倶が熊野参詣のとき出雲国より勧請し創建という。 ところが『紀伊続風土記』は「伊勢大神宮の摂社礒辺の神を祀るという」考えをとっている。 ともあれ、江戸時代は浅木明神社といわれ崇敬されていた。 明治初(1868)年、神仏分離の動きのなかで朝貴明神社とも改称したが、朝貴神社と現名にした。 明治6年4月、村社となる。 同42年10月、一村一社の神社合祀で村内の神社(真笹ノ平見の休所神社、向ヒ地の愛宕神社、蛭子神社)を境内社に合祀し、大正4年10月境内地を拡張す。 同5年1月、幣帛料供進社と会計法適用社に指定された。
編集前
《主》大己貴命,《配》天照皇大神,蛭子命,火火出見命,権現大神
編集後
《主》大己貴命 《配》天照皇大神,蛭子命,火火出見命,権現大神
編集後
1458年(長禄2年)
編集後
神祇大副卜部兼倶
編集後
春日造
編集後
10月10日 例祭