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ひかりさんぼうこうじんじゃ

光三寶荒神社の御由緒・歴史
和歌山県 紀伊山田駅

ご祭神三宝荒神
狩場明神
阿多倍王命
坂上田村麻呂命
ご由緒

空海上人が高野山を開創するまでは、七堂伽藍が甍を並べ神野野寺として栄えていました。
都如使主(つかのおみ)の子孫に豊内丸、田村麿という2人がおり、この豊内丸こそ高野山御開創の大恩人であり、高野山では高野明神、地方では狩場明神として祀られています。
空海上人の高野山御開創に大変協力し、当地にあった寺院、仏像等を高野山へ提供したことにより、当地は僅かに観音寺だけ残り、現在に至っています。
寛治4年白河法皇が熊野参拝の途中当地に立ち寄られ、当地の伽藍が荒廃甚だしいのを見て、観音寺に詣で当地の興隆を一心に祈念されました。
その時、当地巽(たつみ)の方が急に明るくなり、そちらに歩を進めると、三面六臂の鬼神が立っていました。
法皇が「一体お前は何者か」と尋ねると、「我は是れ三宝を衛護する荒神なり、叡慮に応え奉りて当地を守護せん」と言われました。
法皇は早速奈良の仏師に命じて御神体を刻ませ、祠を設けて祭祀されました。
これが三宝荒神であり、光明燐然と輝いていたところから、光三宝大荒神と言うようになり、また天より舞い降りられた所から、天日神として信仰されています。

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