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楽しみ方赤松院のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年06月29日(月) 08時01分57秒
参拝:2026年6月吉日
県道53号を西へ向かうとすぐに赤松院様です。
御本尊は十一面観世音菩薩をお祀りされています。
赤松院様は923年に聖快阿闍梨によって創建されて
います。当時は「小林坊」と称されていました。
鎌倉時代になり後醍醐天皇の皇子である護良親王が
御住職になられます。その護衛として随身したのが
播磨国の守護大名であった赤松則村でした。
出家(入道)した則村は円心と名乗ります。
鎌倉幕府の滅亡後に護良親王を守ったことに対する
感謝の意を表する為に「赤松院」と改称されました。
その後には室町幕府の管領を務めた細川氏や幕府の
軍事部門のトップである侍所頭人 四職の赤松家を
一族として支え 後に筑後国久留米藩の藩主となる
有馬氏から菩提寺として指定されました。
赤い仁王門が とても印象的でした。
山内随一と言わ2000坪にも及ぶ庭園は回遊式庭園は「広大幽邃なる林泉の美」と絶賛されておられる
そうです。
説明が普段 聞いたことのない褒め言葉で それだけで
メッチャ興味が湧きますね(´▽`)
御本尊は十一面観世音菩薩をお祀りされています。
赤松院様は923年に聖快阿闍梨によって創建されて
います。当時は「小林坊」と称されていました。
鎌倉時代になり後醍醐天皇の皇子である護良親王が
御住職になられます。その護衛として随身したのが
播磨国の守護大名であった赤松則村でした。
出家(入道)した則村は円心と名乗ります。
鎌倉幕府の滅亡後に護良親王を守ったことに対する
感謝の意を表する為に「赤松院」と改称されました。
その後には室町幕府の管領を務めた細川氏や幕府の
軍事部門のトップである侍所頭人 四職の赤松家を
一族として支え 後に筑後国久留米藩の藩主となる
有馬氏から菩提寺として指定されました。
赤い仁王門が とても印象的でした。
山内随一と言わ2000坪にも及ぶ庭園は回遊式庭園は「広大幽邃なる林泉の美」と絶賛されておられる
そうです。
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すてき
投稿者のプロフィール
れん太郎1928投稿
元々は休日に景勝地へドライブが趣味で、神社仏閣もお参りするのが好きでした。 年齢を重ねて夫婦で何か形のあるものを残したいと考えていたところ、細君より御朱印集めを提案され令和六年三月より始めました...もっと読む
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