とやまけんごこくじんじゃ
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楽しみ方富山縣護國神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年06月07日(日) 17時41分24秒
参拝:2026年6月吉日
一昨年から参拝先候補でしたが寄れず、今回参拝旅行の最初の参拝先として当社に参拝により、
「富山縣縁の護国の御霊」にお参りすることができました。
「富山縣縁の護国の御霊」にお参りすることができました。

「夢にだに忘れぬ母の涙をばいだきて
三途の橋を渡らむ」
この御朱印に書かれてゐる歌は、富山縣護國神社にお祀りされてをります高田豊志命が御家族様定に遺言としておくられた最後の手紙の中の「母上さま」とした歌でございます。
高田豊志命は昭和二十年五月十三日、飛行第二十戦隊陸軍伍長として台湾宜蘭基地を出撃、沖縄本島西海岸に群がる米艦船に体当たりし散華されました。
父豊次郎さんが、八十歳になられた時、戦後久しく仏壇に収められてるた白木の箱の中に「うた日記」を発見されました。この「うた日記」には、高田豊志命が昭和十八年の三月から二十年の四月まで、毎日和歌を作ることを志し、和歌七八三、俳句十七、詩文九が書き綴られてをりました。この「うた日記」は遺芳館に展示されてをります。
三途の橋を渡らむ」
この御朱印に書かれてゐる歌は、富山縣護國神社にお祀りされてをります高田豊志命が御家族様定に遺言としておくられた最後の手紙の中の「母上さま」とした歌でございます。
高田豊志命は昭和二十年五月十三日、飛行第二十戦隊陸軍伍長として台湾宜蘭基地を出撃、沖縄本島西海岸に群がる米艦船に体当たりし散華されました。
父豊次郎さんが、八十歳になられた時、戦後久しく仏壇に収められてるた白木の箱の中に「うた日記」を発見されました。この「うた日記」には、高田豊志命が昭和十八年の三月から二十年の四月まで、毎日和歌を作ることを志し、和歌七八三、俳句十七、詩文九が書き綴られてをりました。この「うた日記」は遺芳館に展示されてをります。

立派な土俵がありました。

鳥居になります。


富山縣護国神社さん社殿になります。

富山縣護国神社さん拝殿になります。

伊佐雄志神社さん拝殿になります。

社務所になります。

遺芳館になります。
遺書・手紙・日記などを中心に展示されてます。
遺書・手紙・日記などを中心に展示されてます。
すてき
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