うさかじんじゃ
鵜坂神社のお参りの記録一覧
越中国婦負郡の式内社です。崇神天皇さまの御代に越国開拓のため遣わされた大彦命さまが創建され、あの行基さんによって伽藍が建立されるという歴史に残る方々が関わっている神社です。また、天皇陛下の病気平癒の祈願を担っていました。
《一の鳥居と社号碑》
『延喜式』神名帳では国幣小社として載っていますが、歴史的に見ると"大社"と書いても差し支えないと思いましたね。
《由緒書き》
御祭神の面足尊、惶根尊さまは神代七代の1組で伊弉諾、伊弉冉尊さまの一つ前の世代の神様です。なかなか祀っている神社も少ないので貴重です。
《手水舎》
水は出ていませんでした。
《いぼ石》
いぼが痛む人はその箇所を触り、座って平癒を願うと治るそうです。いぼ痔の人はそのまま座ればいいですかね?
《大伴家持の歌碑》
『万葉集』を編纂したことで有名な大伴家持さんが越中国内の巡察に来られたときにこの神社を訪れ、ここでの鵜飼を賞賛して遺した歌だそうです。
《拝殿》🙏
👁チェックポイント‼️
この神社で行われている特殊神事に「楉祭(しもとまつり)」というものが行われており、別名"尻打祭"と呼ばれています。婦女の貞操を戒める目的で行われており、七草粥を炊いたあとの薪で女性の尻を打つと健康な子が産まれるとされていました。
残念ながら戦後に途絶えてしまったそうです(ノД`)
《拝殿内部》
とても綺麗で、神主さんの計らいで昇段して参拝させていただきました。
《社務所》
普段は無人ですが、手水舎の後ろに見えるお家が宮司さんのお宅です。
《鵜坂山鵜坂寺跡》
神仏習合の名残ですね。
《看板》
大きい道路に面しているのでわかりやすいと思います。
#鵜坂神社
ご祭神はオモダルの尊、カシコネの尊。相殿神にウサカネヒメの神、ウサカメヒメの神、オオビコの命。
#面足尊
古事記では於母陀流神、日本書紀では面足尊。
オモダルの尊とカシコネの尊は、古事記でも日本書紀でも”かみよななよ”の第6世代。ちなみに次の第7世代が、イザナギの尊とイザナミの尊だ。
またオモダルの尊とカシコネの尊は、多度大社(三重県桑名市)の相殿神でもある。あちらで地震除けのクジラの縁起物が授与されていたが、それがこの2柱にちなむと書いてあった。
#惶根尊
古事記では阿夜訶志古泥神、日本書紀では惶根尊。
ある本で、オモダルの尊とカシコネの尊は織田信長が名乗った第六天魔王と同一視された、と読んだ。その理由が、彼らが”かみよななよ”の第6世代だからという。サブカル系のアンチョコ本だったせいもあり、てんで信じられなかった。だがある時ついに、第六天神社という社に彼らが祀られているのを見た。稲毛神社(川崎市川崎区)の境内にある。ただ、文字が読み辛くて詳しい由緒はよく分からなかった。
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