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楽しみ方穴八幡宮のお参りの記録(2回目)
投稿日:2026年03月15日(日) 16時35分58秒
参拝:2026年2月吉日
東京都新宿区西早稲田に鎮座する神社。
康平5年(1062)、源義家が奥州からの凱旋の帰途、この地に兜と太刀を納め八幡神を祀ったのが始まりとされる。
寛永18年(1641)に石清水八幡宮を勧請し、神社を造営しようと山麓を穿ったところ洞穴を発見し、中から銅製の阿弥陀仏が現れ、以来「穴八幡宮」と称するようになった。
3代将軍徳川家光はこの話を聞いて、「穴八幡宮」を幕府の祈願所・城北の総鎮護とした。
その後、歴代将軍がたびたび参拝し、享保13年(1728)には8代将軍徳川吉宗が世嗣の疱瘡平癒祈願のため、流鏑馬を奉納した。
流鏑馬はその後も世嗣誕生の際や厄除け祈願として奉納され、穴八幡宮に伝わる「流鏑馬絵巻」には元文3年(1738)に奉納された竹千代(後の10代将軍徳川家治)誕生祝の流鏑馬が描かれている。
また冬至の「一陽来復」のお守りでも知られている。
康平5年(1062)、源義家が奥州からの凱旋の帰途、この地に兜と太刀を納め八幡神を祀ったのが始まりとされる。
寛永18年(1641)に石清水八幡宮を勧請し、神社を造営しようと山麓を穿ったところ洞穴を発見し、中から銅製の阿弥陀仏が現れ、以来「穴八幡宮」と称するようになった。
3代将軍徳川家光はこの話を聞いて、「穴八幡宮」を幕府の祈願所・城北の総鎮護とした。
その後、歴代将軍がたびたび参拝し、享保13年(1728)には8代将軍徳川吉宗が世嗣の疱瘡平癒祈願のため、流鏑馬を奉納した。
流鏑馬はその後も世嗣誕生の際や厄除け祈願として奉納され、穴八幡宮に伝わる「流鏑馬絵巻」には元文3年(1738)に奉納された竹千代(後の10代将軍徳川家治)誕生祝の流鏑馬が描かれている。
また冬至の「一陽来復」のお守りでも知られている。
すてき
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竜王2179投稿
人生に迷い、惑い、思い悩んだ三十路も半ば、見えない力に縋りたくて神社仏閣を訪問する日々が始まる…。 全国行脚のなかで怪我や病気が治癒するという奇跡も体験し、素晴らしい出逢いにも恵まれました。 そ...もっと読む
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