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楽しみ方筑土八幡神社のお参りの記録一覧
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こちらも祝日に神楽坂を訪れた際に参拝。
神楽坂から三年坂を下り交差点が筑土八幡町で正面に境内に向かう参道(階段)があります。
小高い丘の上にあり見晴らしが良いです。
御朱印をいただきましたが初穂料はいただいていませんとのことでしたので賽銭箱に気持ち納めて社を後にしました。一緒にしっかりとした由緒書きもいただきました。
御祭神
應神天皇(おうじんてんのう)
神功皇后(じんぐうこうごう)
仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)
御由緒
嵯峨天皇の時代に創建と伝えられる古い社で、最澄が神像を彫刻して祠に祀る時に、宇佐神宮の宮土をもとめて礎としたので、筑土八幡宮と呼ばれるようになったと書かれています。牛込東部の産土神様。



神社の御祀神にはその名はありませんでしたが
将門公に関連した神社という事で
参拝に行きました。
(廉貞の星(玉衡)北斗七星の右から5番目
将門を奉斎していた)
境内の紫陽花がキレイでした。
この後、大手町に移動して将門塚へ
参拝して帰路につきました。
やはり平日なのでどこも空いてました。
筑土神社は嵯峨天皇の時代(809年 - 823年)に、付近に住んでいた信仰心の厚かった老人の夢に現われた八幡神のお告げにより祀ったのが起源であるといわれている。
その後、円仁(慈覚大師)が東国へ来た際に祠を立て、伝教大師(最澄)の作と言われた阿弥陀如来像をそこに安置したという。
その後、文明年間(1469年 - 1487年)に当地を支配していた上杉朝興によって社殿が建てられ、この地の鎮守とした。上杉朝興の屋敷付近にあったという説もある。
元和2年(1616年)にそれまで江戸城田安門付近にあった田安明神が筑土八幡神社の隣に移転し、津久戸明神社となった。その後、1945年に第二次世界大戦による戦災で全焼。明神社の方は千代田区九段北に移転し、築土神社として現在に至る。八幡神社の方は現在でも当地に鎮座している。…wikipediaより引用。
明神社=築土神社(九段下)なんですね。
以前はこちらに並んでいたとは。。。

大手町にある将門塚に参拝に行き
その後に九段下のこちらに参拝に行きました。
平将門公が祀られている為。
主祀神は天津彦火邇々杵尊
平将門公・菅原道真公を配祀する
下記の伝承のある神社です。
江戸時代の文献~
平将門の首(頭蓋骨や髪の毛)
そのものが安置されていたと云われ
将門ゆかりの社寺の中で
将門信仰の象徴的神社となっていた。
明治に教部省の指示により
将門は相殿に格下げされ
現在は天津彦火邇々杵尊が
主祀神となっている。
戦災で焼失するまで将門の首を納めたという
首桶・将門の肖像画(束帯姿)
・木造の束帯坐像等が社宝として
伝わっていた。
昭和20年4月戦災により社殿とともに
それらは焼失し現在は一部の写真が
残るのみである。
拝殿の装飾や絵馬などには
巴紋のほか平将門に因んだ繋ぎ馬の紋が
使用されている。
これは神社境内にある天水桶(文政元年)の
彫刻を模したもので
築土神社の登録商標である(平成23年現在)。
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