あざぶひかわじんじゃ
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楽しみ方麻布氷川神社のお参りの記録一覧
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麻布十番に用事があったことから、用事を一番最後にして
自宅→三田駅→御田八幡神社→歩いて春日神社→歩いて赤羽橋へ→バスで仙台坂上下車→麻布氷川神社→麻布十番で用事を済ませて麻布十番駅から帰宅。心残りは、十番稲荷神社へ寄る時間がなくなってしまい、鳥居の外から参拝して…早足で神社お隣の麻布十番駅へ。
三番目の麻布氷川神社さんへ。月参りに伺いました。
普段は麻布十番から暗闇坂か大黒坂をあがって向かうのですが、赤羽橋からのバスで仙台坂上で下車したので、一分とかからず到着しました。
今月の御朱印と、久し振りに稲荷神社さんの御朱印も合わせて,お書き入れしていただきました。
境内の中の狛犬さん達も巡ってご挨拶を^ - ^
末尾オマケ2枚は、麻布十番は老舗や新しい店がたくさんありますが、麹の店のソフトクリームが、お参り後に坂道下った後に美味🍦で思わず。
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月参りに伺いました。
飯倉熊野神社さんから向かったのですが,暑さに負けて思い切り楽な方法を選んでしまいました。
飯倉熊野神社さんの最寄駅「赤羽橋駅」からバスに乗り5、6個目?の「仙台坂上」で降りると,麻布氷川神社さんんのすぐ近くまで行け、どこからでも必ず登らないと到着しない坂道を一切登りません^_^、行きにこんな楽をしましたが,帰りはしっかり麻布十番へ坂道歩いて下りました。
今月の月替わり御朱印はカラフルな七夕の柄で書き置きのみです。
カラフルでなくて良いので、いつものようにお書き入れがいいなぁ…と呟きを…
でも、こちらでは、年始や例大祭の時なども、書き置き対応になることが多いので、書き入れて頂ける月をありがたいと思わないといけないですね…







【月参りと初参拝 東京編 ❸】
初参拝🙏🏻十番稲荷神社様から徒歩10分くらい。
こちらも前回、来れなかったので行って来ました😊
港七福神の一社で“毘沙門天”様がいらっしゃいます。
【麻布氷川神社】
938年(天慶の年 朱雀天皇の御代)、源経基(みなもとのつねもと)朝臣が天慶の乱(平将門)を鎮定しがため東征し際、武蔵国豊島郡谷盛浅布冠の松(現・麻布一本松の地)に創祀・創建されました。
文武に秀でた経基は、鎌倉幕府の源氏将軍や足利将軍の武家政権を築いた清和源氏(せいわげんじ)の祖にあたります。
江戸城を築城した武将•太田道灌は江戸の災守りとして氷川社を篤く崇敬したことより勧請説(文明1469年〜1487年もあります。
豊臣時代から“一本松の松の木”をご神木とし周囲には宮村町、宮下町、鳥居坂町、一本松 坂下町など麻布氷川神社を中心とした町名が広く在しております。
麻布氷川社は 江戸徳川将軍の尊信も篤く、四方絶景で遠く富士山も眺望できし社ゆえに鷹狩りや遠出した将軍もしばしばご参拝されました。
また二代将軍・秀忠の正室であった浅井江(父・長政、母・お市の方)氏が安産祈願をし、誕生した三代将軍・家光誕生の守護神であります。
さらにお能を愛好した五代将軍・綱吉も度々麻布氷川社を参詣しました。
綱吉の生母・桂昌院も崇敬篤く必ず奉幣しご祈願されました。
江戸の二大災害を免れるために諸大名は好んで麻布に屋敷を設けました。
当時の絵図等には多くの大名屋敷が存在しております。
江戸大絵図文政8年(1825年)には広大な大名屋敷と同様にご神木・一本松から境内地が“麻布一本松”神社とされております。
江戸図正大全元禄8年(1695年)には同位置に“麻布太明神”とあり、武蔵国全図安政8年(1856年)には“アザブ”とされております。
また、氏子によれば、鳥居坂の上には二の鳥居があり昭和まで元石が残存してあったという由。
ー麻布氷川神社HPよりー

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