こまごめみょうぎじんじゃ
駒込妙義神社のお参りの記録一覧(2ページ目)
大田道灌伝説は関東各地に数々あり!ここ、駒込の妙義神社もその1つである。
日本武尊が東征の折に陣を敷いた地に、白雉2年(651)神社を建立して尊を祀ったと伝えられる。太田道灌は文明3年(1471)の古河公方・足利成氏との戦いに際して戦勝を祈願し、見事に勝利を収めた。その後の豊島泰経や千葉孝胤との戦いでも当社に祈願し、勝利を得たことから「勝負の神様」「戦勝の宮」として信仰を集めるようになったという。
勝負の神さま。なんと!狛犬ならぬ狛猫ニャン。新宿区には幾つか、大田道灌と黒猫の伝説があるが、ここ駒込もそのうちの1つであるらしい。訪れるまで猫さま神社と知らなかったアホです。
新緑や 黒猫守りし 江戸の町
常若の精神然り
現代建築に至るお社
代々受け継いで来られた氏子様をはじめ、住民方々に敬意を
住宅街に溶け込む近代的な趣き
近代建築と昔ながらのお社を融合した佇まい
並列して社務所を配置
近代的な神明造りのお社
水曜日は社務所お休みでした
書き置きが置いてありましたので受ける事が出来ました
各500円、計1000円初穂料を御賽銭箱に納めました
東京メトロ南北線 猫御朱印巡り😺
二社目は奇数月参りの駒込妙義神社様へ
社務所の休憩時間に到着したので参拝と撮影を済ませ待っていると参拝の方が増えてきて社務所が開いたときには私の後ろに10人程並んでいました。
透かし御朱印 5月•6月
見開き御朱印 5月•6月『勝軍宮』
☆鳥居⛩️☆
鯉のぼりがありました🎏
☆手水舎☆
☆御拝殿☆
御拝殿には兜など飾ってありました😊
☆末社•太田道灌霊社☆
☆狛猫様☆
☆厄辰石☆
☆銭洗辨財天☆
5月と6月の御朱印
豊島区最古の神社といわれる妙義神社へ参拝させて頂きました。令和2年に新社殿の造営が行われたとの事で境内はとても綺麗で狛猫も可愛らしかったです!なによりも初めて実物の花手水を見て感激でした😊
「かつて太田道灌公が戦に敗れた折、目の前に現れた黒猫に導かれ難を逃れることができ、再起を果たすことができた」
導守 初穂料700円
太田道灌を祀っています。
駒込駅すぐの場所にあるのに静かで良い神社です。
暗闇で迷い、黒猫が手招きするまま着いて行ったら無事に逃げ延び、体制を立て直して勝負に勝った為、黒猫を大事にしたそうです。
勝負の神様、導きの神様、学問の神様。
弁財天もあります。
直書きの御朱印
黒猫が勝利を招いたので大事にしたそうです。
鯉のぼり🎏〜
5月の節句なので兜を被ってらっしゃる
狛犬ではなく「狛猫」
台座の下と地面にも足跡🐾
悪い気を吹き込んで、厄祓いもしてきました。
勝負の神様なのであとは勝つだけ!
新宿十二社 熊野神社様から駒込妙義神社様へお参りに行きました😊
新宿は青空だったのに駒込駅から地上へでると空は真っ黒い雲に覆われポツポツと降ってきてしまいました💦傘を持ってきていないのでダッシュで神社様へ…
到着したときには大粒の雨が降り出し急いでお参りを済ませ御朱印をいただきに
御朱印を書いていただいてる間、天気の話をしていて書き終わった後に『ビニール傘ですがお使い下さい』と持ってきてくださいました。いつ来られるかわからないので大丈夫ですとお断りしたのですが、『沢山あるので返さなくていいですよ』と…話をしている間にも雨風が強くなってきたのでお言葉に甘えていただいて来ました。
前に投稿したときに月替り御朱印と書いてしまいましたが、奇数月に変わるようです🙇🏼♀️
☆御拝殿と社務所☆
☆手水舎☆
☆太田道灌霊謝☆
透かし御朱印 『桜花爛漫』
『勝軍官』御朱印
3月•4月の御朱印
駒込妙義神社⛩️へお参りしました(。・人・`。)
かなり新しい社殿で綺麗な龍🐉の彫刻がありました〜
境内社の道灌霊社⛩️は狛猫サンがいてほっこりしました🐈⬛🐈⬛
透かし御朱印書入れていただきました🌸🐉🐈⬛
道灌霊社⛩️の御朱印書入れていただきました🐈⬛
見開き御朱印拝受しました♪
鳥居⛩️
花手水きれいでした🌸🌼💐
拝殿
道灌霊社⛩️
狛猫サン
狛猫サン
🐾
厄辰石
銭洗弁財天
小野照崎神社様→白金氷川神社様と続き3社目は駒込妙義神社様へお参りに行きました🙏🏻
22日は「猫の日😺」と「辰の日🐉」が重なった『猫辰の日』でした。
辰の日限定御朱印と、前回忘れてしまった道灌霊社様の御朱印を拝受しました😊
この日はバスツアーで来ている参拝者で御拝殿も社務所も行列💦
出発時間になれば少しは空くからと境内をウロウロ…
ツアー参拝者が帰ったら一般の参拝者が2人だけでした😂
☆鳥居⛩️☆
☆手水舎☆
手水舎の横にはマンションのエントランスが😳
神様に守られてる感じで羨ましい
☆御拝殿☆
御拝殿の中にお雛様が飾られていました🎎
☆扁額☆
☆御本殿と御拝殿☆
☆道灌霊社☆
☆銭洗弁財天☆
通年御朱印 『道灌霊社』
辰の日限定御朱印 『勝軍宮』
よく見ると黒猫さんが龍に乗っています
東京都豊島区に鎮座する、駒込妙義神社を参拝。
本日は辰の日であった為、辰の日限定の御朱印を受ける。
太田道灌に縁があり、境内には太田道灌を祀った道灌霊社が鎮座する(御朱印も受けられる)。太田道灌に由来する猫が御朱印にも境内にもあり、とでも可愛らしい。
龍の手水舎もカッコいい
勝負の神様としても有名(今日は辰の日限定の勝軍黒木札守は全て頒布されてしまっていた)
太田道灌を祀る道灌霊社
狛猫
狛猫
辰の日限定御朱印
1,2月限定透かし御朱印
道灌霊社の御朱印
ねこ御朱印巡り二社目😺
白金氷川神社様から駒込妙義神社様へ初めてお参りに来ました😊
インスタにねこの御朱印が載っていてHPを覗くと月替りでねこの御朱印がある事を知りました😺
【駒込妙義神社】
およそ1300年の歴史を持つ妙義神社は、駒込に鎮座しております。
伝承によれば、日本古代史における伝承上の英雄 日本武尊が、当時東国にいた民族である蝦夷を討つために東征した際、この妙義神社がある場所に陣営を構えたと伝えられています。
人々は、御威徳慕い尊びまつりこの地に社が建てられました。
日本武尊が白鳥に生まれ変わり飛び立ったという伝説から、白雉(はくち)2年(651年)5月12日、白鳥社と号しました。
豊島区内では最古の神社として伝えられています。
「新編武蔵風土起稿」によると、最初に江戸城を築いた室町時代後期の武将•太田道灌は、文明3年(1471年)5月、古河公方•足利成氏との戦に出陣する際、当社に参詣し、神馬•宝剣を寄進し戦勝を祈願しました。
道灌はこの戦に勝ち凱旋した際、当時の通貨である15貫文を社領として寄進しました。
その後、文明9年(1477年)春、平塚城(現在の東京都北区上中里)を拠点とし関東管領上杉家に反旗を翻した豊島勘解由左衛門を討伐する際や(長尾景春の乱)、同11年(1479年)春、室町幕府に造反した千葉孝胤を攻める際にも道灌は当社に必勝を祈願し、見事勝利を収めました。
当時、当社境内には稲荷山という小高い山があり、道灌は稲荷山に立ち豊島氏の平塚城を望みながら戦略を考えたのではと思われます。
この様なことから、当社は当時から「勝負の神様」「戦勝の宮(みや)」と呼ばれることとなり、人々よりあつい信仰を集めました。
かつて当社には、道灌の木像や道灌が奉納した宝剣、古文書•古記録など様々な社宝がありましたが、残念ながら、大正12年(1923年)9月に起きた関東大震災や昭和20年(1945年)4月の空襲により、社殿•社務所とともにすべて焼失しました。
幾度かの災禍に見舞われてきましたが、そのたびに氏子崇敬者の方々のご協力により、いち早く復興を成し遂げることができました。
昭和40年(1965年)3月に社殿を造営、続いて翌年12月に社務所を落成いたしました。
末社•道灌霊社には太田道灌公が祀られており、庚申塔は寛永19年(1642年)11月の造立で、豊島区有形文化財に指定されました。
しかしながら長い年月、風雪に耐えて参りました社殿•社務所ともに老朽化が著しく、さらには境内に隣接した児童遊園の下の車庫•倉庫におきましては崩壊の危険性をご指摘されたことにより、氏子崇敬者の皆様の篤いご協賛と関係各位のご尽力によりまして御社殿御造営、境内整備などを行い、令和2年8月に竣工いたしました。
ー駒込妙義神社HPよりー
☆鳥居⛩️☆
まだ新しいので白くて綺麗でした😊
☆手水舎☆
こちらの手水は龍神様が二匹いらっしゃいました🐉
兜を被っていました🐉
☆御拝殿と社務所☆
☆御拝殿☆
御拝殿の入口の龍の彫刻🐉
【御祭神】 日本武尊
第12代景行天皇の皇子であり、勇敢で利発な人物であったと言われています。
日本武尊の力を恐れていた景行天皇は、自らから遠ざけるために九州の熊曾建(くまそたける)兄弟の討伐を命じました。
平定の旅に出た日本武尊にとっては苦難の連続でしたが、伊勢神宮の斎宮であり日本武尊の叔母でもある倭姫命(やまとひめのみこと)から与えられた着物で女装をし、敵を油断させることで見事に勝利し、平定を成し遂げました。
日本武尊の名は、もとは小碓命(おうすのみこと)また倭男具那王(やまとおぐなのみこ)といいましたが、敗れた熊曾建から「これからは、ヤマトタケルノミコトと称えましょう」と名前を贈られました。
【相殿神】 高御産霊神(タカミムスビノカミ)
古事記や日本書紀にある天地創世•天地開闢の話によれば、天地のはじめに高天原に現れた造化三神(ぞうかさんしん)の中で、天御中主神(あまのみなかぬしのかみ)の次、神皇産霊神(かみむすびのかみ)の前に現れた2番目の神です。
「産霊(むすひ)」は「生産•生成」を意味する言葉であり、3番目の神、神皇産霊神とともに「創造」を神格化した神とされます。
神功皇后(ジングウコウゴウ)
仲哀(ちゅうあい)天皇の皇后で、名を気長足姫尊(息長足姫命)(おきながたらしひめのみこと)という。
仲哀天皇が熊襲を討つため筑紫の橿日宮(かしひのみや)香椎宮にきたとき、天照大神と住吉三神が皇后にのりうつって託宣を下したが、仲哀はこれを信じなかったために急死した。そこで神功は、身重の体であったにもかかわらず新羅を討ち、無事帰国後、筑紫の宇美で後の応神天皇を出産したといわれております。
応神天皇(オウジンテンノウ)
仲哀天皇の皇子で、母は神功皇后と伝える。諱(いみな)は誉田別尊(品陀和気命)(ほんだわけのみこと)。筑紫で生まれ、母とともに大和に赴き、神功皇后の次に王位についたという。
☆御本殿と御拝殿☆
☆太田道灌霊社☆
【御祭神】
太田道灌公
室町中期の武将•歌人。名は持資(もちすけ)、のち資長(すけなが)。道灌は法名。扇谷(おうぎがやつ)上杉家の重臣。1457年、江戸城を築く。上杉家の策謀により、主君に暗殺された。軍法にすぐれ、和漢の学を修め、和歌に秀でた武将であった。
妙義神社の大神様を終生の守護神として崇められていました。
☆狛猫様☆
☆厄辰石☆
龍の飾りになってました🐉
☆庚申塔☆
寛永19年(1642年)11月の造立で、豊島区有形文化財に指定されました。
☆辨財天☆
上 令和6年 勝軍宮御朱印 1月
左 通年御朱印
右 令和6年 透かし御朱印 1月•2月『一陽来復』
こちらの御朱印は2ヶ月事に替わるそうです🐉
今月いただける御朱印
太田道灌霊社の御朱印を頼み忘れました💦
駒込御朱印巡りLAST 現代的な神社は清掃が行き届いていて清々しい気持ちに。厄を断つための「厄辰石」投げは楽しいですよ。可愛らしい狛猫もいます
書き置きもありましたが丁度直書きをしてくださいました。頂いた飴と一緒に
見開きサイズ。猫好きには嬉しいです。
神々しい本殿
これを投げるそうです
作法が書いてあります。私も祈願して投げました
狛猫その1
その2
洗います
500円と控え目に
祈願します
訪れたい
染井稲荷神社からは徒歩で5分弱とほぼお隣さん感覚だけど、令和2年竣工とあってあまりの趣きの違いに正直びっくり‼️しちゃいました…😳
社務所不在で御朱印は書置きをセルフ。
鳥居…都会的😆
手水舎、龍 兜かぶってます…
拝殿
御社殿
境内末社、太田道灌霊社と狛猫🐱
見開き御朱印
日本武尊さまが東国征討のためにこちらへ訪れた際、この地で陣地を構えたことに由来する神社で、1300年の歴史を数えます。その後江戸城を築城したとして有名な太田道灌公によって勝利の神様として信仰されました。
《鳥居》
住宅街の中にあります。
《手水舎》
珍しく龍の出水像が2つあります。
《拝殿》
1300年の歴史を数えますが現在境内は改修が令和2年に行われ大変綺麗になってます。
《龍の彫り物》
3年前の改修によれば元からこの彫り物はあったようですね。
《扁額》
👁チェックポイント‼️
この神社は日本武尊さまが創建した神社ですが、元々は白鳥社と呼ばれていました。
また表参道の前を走る道路には妙義坂となっており、縁起の書物のひとつには「妙義坂乃神社」とあります。これが別の神社なのか同じものを指すのか…
《厄辰石》
《末社》
由緒書きには太田道灌社、天満宮、月社、天王社、弓箭社劔刀社とそれぞれ末社の名前がありますが、全てこちらに合祀されたようです。
《銭洗弁財天》
《授与所》
辰の日だったため限定御朱印と仕事守をいただきました🙏
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