天祖若宮八幡宮のお参りの記録(5回目)
東京都武蔵関駅

夜の参拝。昼間とは異なる表情を見せる境内に足を踏み入れると、まず周囲を囲むマンション群が視界に入る。とはいえ高層の威圧感をもつものではなく、どれも比較的低層で、むしろ古くからこの地を守り続けてきた木々の方が背丈を誇示しているように見える。枝葉を大きく広げ、神社を包み込むように立ち並ぶ姿は、まるで「ここは人の世の営みを超えた空間だ」と静かに告げているかのようだ。

灯りがなければ漆黒に沈むはずの境内だが、実際にはそこまでの闇に包まれてはいない。ところどころに設けられた灯りが柔らかく足元を照らし、参拝者が危なげなく歩を進められるよう心配りが感じられる。暗闇に潜む危うさを忘れさせるほどのささやかな光の帯に導かれ、私は安心して歩を進めることができた。そのひとつひとつの明かりが、見えざる手で差し出された温かなもてなしのように感じられ、この場に迎え入れられていることへの感謝が自然と胸に湧き上がってくる。

それでも季節はまだ九月。夜風には秋の気配が混じりはじめているものの、肌を露わにした部分に小さな痒みが走る。蚊はまだしぶとく生き延びていて、ひそやかに人の気配に寄り添う。境内での殺生は憚られるため、私は手を振り払う程度にとどめた。かすかな羽音や、ふとした気配に注意を払いながら歩くのもまた、この時期ならではの参拝の一幕かもしれない。

次にここを訪れるころには、さすがに蚊の影も消えているだろう。そう思いながら鳥居をくぐり、再び日常の世界へと戻っていく。背後に残した境内の静けさと、木々が纏う夜気の気配は、しばらくのあいだ心の奥に余韻となって留まり続けた。